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札幌の地方文化運動の特色

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 十七年五月十三日付の『北海タイムス』は、
昨秋は旭川市の文化団体が一丸となつて総合芸術展を開催、中部文化人の潑刺たる意気を示し、今度は小樽市が文化活動の竿頭を一歩進めて総合文化祭を開催した、これに比し一般には旭川、小樽よりも進んでゐると謂はれ、事実上文化人の数も多い筈の札幌市は一向何の音沙汰もなく面目如何を問はれなければならない

と、札幌の地方文化運動における後進性を指摘する。
 全国を見渡すとき、地方翼賛文化運動は、単なる戦時下の文化の政治利用でない。「地方文化」を重んじる大政翼賛会文化部の提言に地方文化人が共鳴し、たとえば秋田県の角館や福島県の郡山などでみられるごとく、地域社会内部で生活文化の向上をめざす、多様で主体的な活動が展開された(赤澤史朗 太平洋戦争下の社会、北河賢三 戦時下の文化運動)。
 しかし札幌の場合、主導者の一人であった高倉新一郎の著作、たとえば北方叢書として出版された『北海道文化史序説』(北方出版社、一九四二年一月)などを検討するかぎり、地方文化運動は地域社会に根ざした自主的な文化活動というよりは、中央の大政翼賛会文化部の「地方文化新建設の根本理念及び当面の方策」をうけて北海道版の官製の文化運動を提言するといった性格が強かった。その言説は、赤澤史朗のいう「日本主義的な伝統」を前面に押しだしたものであった(高木博志 ファシズム期、アイヌ民族の同化論)。
 概して、札幌の地方文化運動は旭川などに比べ、上からの行政主導の強い運動であった。