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ラジオ放送局の開局

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 政府は、放送を国家思想の指導手段とするためにその統制下に置き、ネットワークによる番組の統一と放送事業の財政的基礎を確立しようとした。そこで大正十五年四月、すでに設立していた三局(社団法人東京放送局、社団法人大阪放送局、社団法人名古屋放送局)に合同を指示し、同年八月新たに社団法人日本放送協会が設立した(日本マス・コミュニケーション史)。JOIK札幌放送局はその支部として、昭和三年六月に開局した。同局の演奏所は中島公園に、放送所は月寒に設置され、両者は地下ケーブルで結ばれた。

写真-15 JOIK札幌放送局(上)と月寒放送所(下)

 開局当日、札幌市公会堂において盛大な開局式がとり行われた。中島ストリングオーケストラによる国歌吹奏に続き、理事長の式辞、本部会長の挨拶があり、総理大臣、逓信大臣他の祝辞の後、正午より祝宴に入った(北タイ 昭3・6・5)。記念すべき開局当日の放送番組は表16のとおりである。洋楽、謡曲、講談、清元、俚謡、童謡、義太夫、常盤津等慰安放送がほとんどである。当時の社会人の放送に対する希望が、「娯楽一本やり」(札幌中央放送局報)であったことを反映している。この時期はまだ中継設備がなかったため、一日一二時間の放送は全て時局番組(オールローカルプロ)放送であった。この番組をわずか一二人の部員で製作しなければならず、また、年代層によって好まれる番組も違い、番組編制に対する苦労は容易なものではなかった(札幌中央放送局報)。しかし、それも翌年、北広島に受信所が設けられ、無線中継が可能になったことで解消された。昭和九年五月、日本放送協会の改組にともない札幌放送局は札幌中央放送局と改称した。
表-16 開局当日の放送番組表
時間 番組
11:00 奏楽 国歌 中島ストリングオーケストラ
11:08 式辞挨拶 支部理事長 本部会長(代理)阿部基一
11:22 祝辞 総理大臣,逓信大臣,逓信局長,北海道庁長官,札幌市長
12:00 時報
12:10 ニュース 北海タイムス社
12:20 中島ストリングオーケストラ,ストリングオーケストラ (イ)オルフオイド作曲 行進曲「後甲板にて」 (ロ)シューベルト作曲歌劇「魔王」
12:40 観世流謡曲 (イ)高砂四海波(独吟)川本保雄 (ロ)羽衣,地川本保雄,同菅原翠州,同金子一郎,大鼓宇野豊文,小鼓林ミヤコ,大鼓瀧澤常次郎,笛佐々木忠太郎
13:10 講談「魚屋本多」神田伯山
13:50 清元「四季三番叟」清見社中,浄瑠璃義子,同お京,三味線富子,上調子勝子,長唄「浦島」長唄連中,唄勝子,同一奴,三味線杵屋勝政,同三太郎,小鼓堅田喜十郎,同小松,太鼓染吉,太鼓美津ぎ
14:50 俚謡,追分節 唄初音公子 1.米のなる木で……三味線同マチ子 2.沖を眺めて…尺八大月濤山 3.浪に生れて……
15:40 経済市況
15:55 天気予報
16:10 講演「招魂祭と国民の覚悟」陸軍歩兵中佐菅忠三郎
17:50 童謡「市内小学校生徒」中村勝子 伴奏板垣武雄 1.てる/\坊主 吉川哲夫 伴奏 喜澤五郎 2.鬼瓦 更谷喜美子,伴奏桑島フク子 3.J0IK 櫛引とし子,伴奏菊池博人 4.流れ星 山崎富美子 5.落椿
18:25 講演 北大総長佐藤昌介「人生名をなすは青年時代の修養にあり」
19:00 ニュース 小樽新聞社
19:15 義太夫 竹本素行お静礼三小磯ヶ原の段「次第に降りしきる雪に行末」から「夫婦の浮き別れ見えつかくれつ行末や」まで
20:05 講談 太閣記 神田松鯉
20:35 常磐津 麒麟会社中 三保の松,浄瑠璃おやま,同三筋,同一二三,三味線久松,同おふじ,上調子寿満子
21:10 トリオ 北光トリオ 1.ザベルズデピシー作 ヴァイオリン田上義也 2.ボレロ モスコウスキー作 セロ石井春省,ピアノ小川隆子
21:20 時報プログラム発表公知宣伝
『北タイ』より作成。