表36は昭和四十九年度から平成十三年度までの『札幌市の農業』の中で、地域農政の推進という項目でとりあげられている振興策を列挙したものである。多数の事業が実施されているけれども、とどのつまりはa担い手の育成、b農地の保全、c生産・流通の振興、d市民と農業の交流推進の四つに区分できる。
表-36 地域農政の推進 |
事業名 | 事業年度 | 備考 |
札幌市優良農業者表彰 | 昭51~ | a |
泥炭地実験農場設置 | 昭52~平6 | c |
地域農政特別対策事業 | 昭55~60 | a |
農業後継者対策事業 | 昭55~平9 | a |
冬季野菜供給事業 | 昭55~ | c |
余熱利用施設園芸団地設置 | 昭55~平6 | c |
農用地利用増進事業 | 昭57~平12 | b |
農業振興推進員設置 | 昭59~平11 | b |
地域リーダー海外研修事業 | 昭60~平8 | a |
郊外緑園事業 | 昭61~平10 | d |
札幌里づくり事業 | 平4~ | d |
有機農業推進事業 | 平4~6 | c |
農地流動化事業 | 平5~7 | b |
農業経営基盤強化促進対策事業 | 平6~ | a |
地域リーダー育成対策事業 | 平6~ | a |
中核農家登録制度 | 平6~ | a |
農業経営改善計画認定制度 | 平6~ | a |
農業経営改善支援センター(未設置) | 平6~ | a |
土壌診断事業 | 平6~ | c |
農協再編対策事業 | 平6~9 | c |
農業指導センター設置 | 平6~ | c |
都市環境調和型農業推進事業 | 平7~ | c |
農地保全・利用促進事業 | 平8~ | b |
「顔の見える農業」推進事業 | 平8~ | c |
農業情報化事業 | 平9~ | c |
市民農園整備事業 | 平9~ | d |
地域担い手センター設置 | 平11~ | a |
民活導入型産地活性化事業 | 平11~ | a |
市民農業講座「さっぽろ農学校」設置 | 平12~ | a |
『事務概況』各年、『札幌市の農業』各年による。 |
〔担い手の育成〕 札幌市優良農業者等表彰は、昭和五十一年十月に制定された札幌市優良農業者表彰規則にもとづいて、農業者の資質の向上を図るべく、他の模範に足る業績をあげた農業者に対して、個人五人以内、団体五団体以内に限って毎年表彰を行ってきた。
地域農政特別対策事業は、集落(農事組合)を単位として、農業ばかりでなく地域環境も含めて現状を分析し、当面している問題点を洗い直し、地域の代表者(集落推進員)を中心として、地域の農業者が自主的に話し合いを進める中から、課題解決の方途として総合推進方策といったものにまとめ、新しい村づくりの方向づけをするものであり、既述した「地域主義」手法の具体化であった。
農業後継者対策事業は、①後継者の資質・知識の向上を図るため、研修会あるいは先進地調査などを行う市内農業後継者研修事業、②農業の国際化に即応できる新しい経営感覚を持った地域農業のリーダーを育成するため、農業後継者を欧州に派遣する地域リーダー海外研修事業、③多様化する市民ニーズに適応できる経営感覚に優れた担い手の育成を目的に農業後継者を他の都市農業地域に派遣し、その地域の若手農業者との交流会や先進的都市農業経営の事例調査などを行う地域リーダー育成対策事業など、三つのタイプの事業が実施されてきた。
中核農家登録制度は、青壮年の意欲的な農家などを中核農家として登録し、優れた生産技術と高い経営能力を備えた地域農業の担い手として育成・支援するため、農地流動化事業(後述)、各種研修会、補助事業などを優先的に実施するという市独自の制度である。
農業経営改善計画認定制度(認定農業者制度)は、農業経営基盤強化促進法にもとづき農業者が作成した農業経営改善計画を認定する制度であり、認定農業者は中核農家への優遇措置に加えて経営体育成総合融資制度(スーパー資金)や割増償却制度などの適用が受けられる。
地域担い手センターは、(社)北海道農業担い手育成センターとの連携により、地域担い手センターが窓口となって新規就農や就農研修先の斡旋・相談業務、および就農予定者への支援資金など種々の就農支援を実施している。
民活導入型産地活性化事業は、担い手農業者の高齢化、水田転作制度見直しに伴う遊休農地増大に対応するために、新たな担い手制度の導入に向けたワークショップを立ち上げ、コントラクター制度(農作業受委託制度)や農業パートナー制度の活用について検討を進めている。また、鮮度が重視される野菜の産地づくりに向けて、新技術の実証展示を行っている。
市民農業講座「さっぽろ農学校」は、農業に興味のある市民や将来の就農を考えている市民を対象にして、農業知識・技術を習得するための市民農業講座を開設し、新たな農業の担い手として育成することを通じて、市民と農業との新しい関係を形成することを目的にしている。野菜栽培の基礎知識を学ぶ「基礎コース」と、同コース修了生を対象にした「就農コース」が設置されている。
〔農地の保全〕 農地の有効利用を図ること、あるいは優良農地を保全することの重要性は早い時期から認識されていた。もともと経営規模が小さく、農業後継者の確保が難しい都市農業にとってこの問題は一層切実であり、手を変え品を変えという表現がふさわしいようなさまざまな方法が試みられた。
まず、昭和五十六年九月に農用地利用増進法が制定されたことを受けて、市は翌五十七年三月に札幌市農用地利用増進事業実施方針を定めて、ただちに事業をスタートさせた。本事業は、地域の実情に応じた農地の有効利用を促進すべく、市が仲介することによって、安心して農地の貸し借りが出来るようにする制度であるが、本事業の実績を示した表37を見る限り、大きな成果をあげたと評価することは到底出来ない。本事業は平成七年度をもって終了したが、これに代わって六年度に農地流動化事業がスタートして、事業の名称を変えつつ現在まで存続している(後述)。
表-37 農用地利用増進事業にもとづく権利移動 | (単位:ha) |
所有権移転 | 利用権設定 | |||
件数 | 面積 | 件数 | 面積 | |
昭56 | ― | ― | 1 | 0.5 |
57 | 3 | 3.1 | 24 | 21.1 |
58 | ― | ― | 3 | 2.8 |
59 | ― | ― | 6 | 5.9 |
60 | 13 | 28.6 | 25 | 29.7 |
61 | 24 | 32.0 | 41 | 27.7 |
62 | 17 | 38.7 | 21 | 26.6 |
63 | 5 | 4.4 | 37 | 48.8 |
平 1 | 11 | 16.2 | 23 | 22.1 |
2 | 13 | 10.2 | 40 | 36.0 |
3 | 5 | 2.1 | 35 | 31.3 |
4 | 4 | 4.6 | 29 | 27.6 |
5 | 1 | 0.9 | 48 | 45.6 |
6 | 7 | 3.4 | 36 | 44.2 |
7 | 4 | 7.4 | 43 | 38.5 |
『札幌市の農業』各年による。 |
次いで、昭和五十九年十二月、市は市街化調整区域の農業の実態や農家の意向を的確に把握し、地域の実情に合わせて農業振興を展開すべく、農家と行政を結ぶパイプ役として、また地域農業のリーダー的存在として、札幌市農業振興推進員を設置した。推進員の職務は、①地域農業の実態把握のための調査協力、および情報の収集、②農地の有効利用のための調整活動および相談業務、③農業の担い手の育成、確保のための活動などであったが、②がポイントであったことは明らかである。
平成六年度には農地流動化事業がスタートしたが、本事業は都市化の進展、農業従事者の高齢化に伴い、農地のスプロール化や土地利用の粗放化が進行している状況に対応して、優良農地の保全や有効利用を図るべく各種の施策を講ずるものであった。
具体的な施策としては、七年二月、貸したい農地や借りたい農地の情報を全市的に集め、その情報を農協等に提示して、広く相手方を募る農地流動化情報集積・提供事業がスタートした。同年九月、農用地区域内の農地を対象に、三年間以上の賃貸借を行った場合に貸し手と借り手(中核農家)の双方に奨励金を交付する農地流動化奨励金交付制度がスタートした。八年度に本事業の名称は農地保全・利用促進事業へと変更されたが、この年三月、市内の五総合農協も独自の農協奨励金を交付することになった。さらに、九年四月、市農業委員会の中に農地銀行が設置され、従来の農業振興推進員の職務は、そこに所属する農地流動推進員が引き継ぐことになり、十一年三月、農業振興推進員は廃止された。
〔生産・流通の振興〕 この項では、生産面の有機農業の推進、農業施設の動向、流通面の「顔の見える農業」の推進、生産・流通両面にわたる農業情報化事業などの振興策を順次取り上げていく。
有機農業を推進する事業は、昭和五十年代なかば以降現在に至るまで事業名称の変更があり、その度に事業範囲を拡大しつつ継続してきた。まず、五十五年に有機農業の推進を目的として、その基本が土づくりであるとの観点から、公共事業等から発生する良質泥炭を有機資材として投入する有機資材確保対策事業がスタートした。平成四年には、事業の名称が有機農業推進事業に改められるとともに、農薬や化学肥料を抑えた栽培技術の確立のための各種試験や、有機減農薬栽培モデル生産組織の育成に向けての取り組みがスタートした。七年には、事業の名称が都市環境調和型農業推進事業に変わり、土づくり対策(有機資材確保対策)、モデル生産組織の育成、実用化技術の確立、有機農産物に対する普及啓発と販路の拡大、農業廃棄物(家畜糞尿、廃プラスチック)のリサイクルの推進など、五つの柱に沿って事業が展開されている。
市の農業施設のうち、昭和五十二年七月に開設された泥炭地実験農場は、①市内耕地の四〇パーセントを占め、生産性が低くて水田利用地が多かった泥炭地の有効利用を図るべく、効率的かつ良品質の露地野菜栽培の研究を進め、各農家に普及させること、②余熱団地の農家に対して技術および営農指導を行うこと、という二つの目的をもっていた。施設の整備が完了した五十四年以降に泥炭地における各種野菜の試験栽培が、五十七年以降には、余熱団地農家に対する技術・営農両面での指導が並行して続けられたが、余熱団地が営農を断念するに伴い、平成六年十月、実験農場は閉鎖され、サッポロさとらんど(後述)に新設された農業指導センターに吸収統合された。
余熱団地の正式名称は清掃工場余熱利用施設園芸団地であり、昭和五十七年十二月に施設の整備が完了したが、直ちに一二戸の農家による営農が本格的にスタートした。この団地は、省エネルギー時代に即応した都市型施設園芸経営の実現と、周年栽培により端境期に生鮮野菜や花きを安定的に供給するために、篠路清掃工場の余熱を利用して施設園芸を行う団地であった。すでに五十七年四月には春キュウリの、同年九月には抑制トマトの初出荷にこぎつけ、何よりも鮮度のよさが評価されて相当の実績をあげたものの、連作障害や地盤沈下など克服困難な技術的問題が顕在化したこと、さらに本州産や外国産野菜の流入により価格競争力を失ったことにより、平成六年に営農を断念することを余儀なくされた。
七年七月、サッポロさとらんどの事業ないし施設の一つとして開設された農業指導センターは、本市の地域特性に即応した都市型農業の推進を図るべく、基幹作物である野菜・花きなどの園芸作物を中心に、生産現場への直接的な振興事業、および関連業務を総合的に実施する生産支援の拠点施設としての役割をもっている。同センターは、これまでの農業センター(昭39・4開設)、実験農場および農産課園芸係の機能を統合し、各種施設調査による技術開発、土壌診断、バイオ技術の活用等の業務を行うとともに、これらの結果の地域への普及指導事業や、各種の生産振興事業についても一体的に行うことにより、産地の育成やブランド化の推進など、一言でいえば都市と調和した農業の育成を図ることを目指している。
八年度からスタートした『顔の見える農業』推進事業は、農畜産物の生産体制を整備するとともに、市場流通から直販まで幅広い流通体系を確立して地場農畜産物の地場流通の拡大を図るなど、生産・流通・消費を結びつけた一体的な取り組みを推進することによって、市民はより新鮮で安心、良質な農畜産物の供給を、また、生産者には地場消費の拡大による経営の安定化を図ろうというものである。具体的には、九年七月、市農業振興協議会が中心になって、生産・流通・消費の各関係者の相互理解による「地産地消」を目的とした〝サッポロとれたてっこ〟の取り組みが開始され、さらに十三年六月、短時間流通事業「朝どりとれたて便」にも取り組んでいる。
農業情報化事業としては、市農務部の広報誌『農業さっぽろ』(のち『北の大地』に改称)が年数回発行され、市内農業者に情報提供を行ってきた。基幹作物である野菜・花きについては、『野菜流通情報』と『花き流通情報』が毎年刊行されている。これらに加えて、九年三月、札幌市農業情報システム〝さとネット〟が稼動を開始した。提供する情報の内容も少しずつ充実しているようであるが、主なものは気象予測情報、気象観測値データ、野菜・花き流通統計情報、農業ほっとニュース、農業指導センター試験成績、農務部・農業委員会からのお知らせ情報などである。
〔農業交流事業〕 昭和六十三年十二月に策定された札幌市農業基本計画の中に、新たな都市農業への取り組みに関わる重要課題の一つとして盛り込まれた「農業公園構想」が具体化するのは、平成四年五月のことであった。「(仮称)札幌里づくり事業基本計画」が策定されたからであるが、基本計画によれば、緑に包まれたうるおいのある街づくりを進めるために、都市と農業、人と自然とのふれあいをテーマとして、「都市と農業の共存」を図る〝先駆的な実験・実践の拠点〟を創出することを目的に掲げていた。そして、基本的な考え方としては、市民が農業や自然とふれあいながら憩い・楽しむことが出来る魅力的な緑地空間と、市民との密接な関わりを通じて展開を図る、新たな都市型農業を支援する拠点を一体的に整備し、新たなコミュニティの展開を図る場、本市農業に対する理解と関心を深める場とすることが表明されている。こうして本事業は、都市と農業の共存を基本理念に掲げつつ、新しい都市型農業の確立をめざしている本市の農業のあり方を象徴するものとなっている。
基本計画が策定された年にⅠ期エリアが着工し、七年七月にオープンしたが、この年から事業の名称がサッポロさとらんど整備事業に変更された。翌八年にⅡ期エリアが着工し、十六年度中にオープンする予定である。なお、九年以降には「札幌市農業体験交流施設(愛称・サッポロさとらんど)」という名称が定着したようだ。表38はサッポロさとらんどの概要を示したものである。オープン以来の各年度の入園者数は七年(三九万人)、八年(四五万人)、九年(四二万人)、十年(四五万人)、十一年(三六万人)、十二年(三五万人)、十三年(三六万人)、十四年(四六万人)であり、合計四〇八万人に達する。
表-38 サッポロさとらんど(農業体験交流施設)の概要 |
Ⅰ期エリア | Ⅱ期エリア | Ⅲ期エリア | |
年度面積 | 平成4~7年度 40ha | 平成8~15年度 32ha | 平成12年度~ 30ha |
交流ゾーン | さとらんどセンター 手づくり加工室、情報室、視聴覚室、 事務室 | ふれあい農園(1.1ha) 市民農園 実りの森(2.0ha) | (北西エリア) ふれあい農園(4.3ha) 体験農園(水田・畑) |
ふれあい農園(2.6ha) 体験農園、市民農園、みのりの家 | 四季の森(1.2ha) 多目的交流施設(2,000m2) | (南エリア) | |
ふれあい牧場(1.1ha) ちびっこホースランド、まきばの家、 ファーマーズマーケット | 多目的ホール、簡易調理室 パークゴルフ場(27ホール) クラブハウス | 里の森等 既存の森等を活かした 自然系ゾーン | |
さとらんどガーデン(1.6ha) ハーブ園、ヒース園、宿根草園、一年草園 | |||
広場等 風のはらっぱ、炊事広場 | |||
生産支援ゾーン | 農業指導センター 分析・実験室、OA室、事務室 | 試験圃場 露地圃場 | |
実験圃場 露地圃場、枠試験区 | 有機資源活用施設 泥炭堆積場 | ||
ガラス温室 野菜栽培用、花き栽培用、育苗用 | |||
民活施設 | サツラク農協〝ミルクの郷〟 ミルク館、牛の館、手づくり工房等 |
『札幌市の農業』(平15)による。なお、『北の大地』289号(平15.12)によれば、Ⅱ期エリアが平成16年度に全面オープンすることになったという。 |