箱館開港を契機にして箱館商人はどのような動きを示したであろうか。前述のように、由来箱館商人の有力な者は、一部の場所請負人を始め、株仲間問屋、小宿などのいわば特権商人たちであった。従ってこれら特権商人と一般市中商人との間には、その経済力において大きな格差があったことはいうまでもない。ところが、箱館開港を契機として、いわゆる従来の流通過程に規制されない、「仲買商人」なる者が成長することによって、流通担当商人の性格が大幅に変化してくることになった。従来、箱館には″仲買人″という中間的商人は存在していなかった。それは箱館の機能が道内各産地(場所)と、本州諸港とを結びつける中継港的な役割を果たし、道内での消費地へ物資を供給する中継地にはなっていなかったからである。つまり、一見消費地にみえる蝦夷地の各場所との関係にあっても、必需物資は、問屋-仲買人-消費者という形で流通するのではなく、問屋-請負人という形で流通したため、そこには仲買人という中間機能を有する商人が、成長し得る基盤が全くなく、それがために、株仲間問屋の独占的地位をおびやかされることはなかった。