株主総会終了後、前年度の商況を背景に5月に当年産昆布の価格協議(直立会議)が札幌で行われたが、開催地をめぐり、会議開催前から連合組合側と生産者側の意見の対立が生じ、協議の難行を予想させるものがあった。
すなわち、組合側が開催地を札幌にしたことについて、新聞は「昆布会社が虎威(道庁-筆者)を借り圧制的勧奨主義をもって昆布営業人を残らず販売組合に加盟せしめ其価格の如きも会社の申立て通り強て約束を取極むるの手段なりと此事の真偽は吾人未だ之れを知らずと雖とも道庁近時の所為を見る時は吾人之れを弁護するの辞なきに苦しむ」(明治23年5月13日「北海」)と報じている。
また、価格については「昨年も種々八ヶましき議論ありたれどもヤツと三百七十円にて各生産者とも承諾せしが本年は会社にては其値段を進めて四百円になさんと言ひしも根室生産者は五百円以上ならでは不可なりと主張し一向折合ふへき模様なし尤も会社にては一日も早く開会して決着せんと急(あ)せれど生産者は内議未だ決せずと称へて唯様遷延し会社の鉾尖を鈍くせんとの見込みなるよし……」(同年5月18日「北海」)とある。
開始された直立会議において、最初連合組合側が提示した価格は450円、これに対し、昆布会社側は前年度価格を15円上回る385円を示した。組合側の提示価格の根拠は22年の昆布価格の高騰にあり、とくに、会社ルート外の函館における昆布の平均価格が505円で、前年度の協定価格より187円高かったこと、また、上海における昆布相場は756~782円が見込まれ、運賃諸掛りを差し引いても組合側の提示価格に応ずることが可能なこと、さらに昆布会社の第1回の決算において役員賞与が1万円計上されたことに対する反発もあり、組合側は強気の姿勢を示したのである。
こうして価格協議は難行し、早くも会社側と生産者側の利害対立が表面化したが、道庁の行政指導や連合組合の堀基総長などの説得工作により、当年産昆布は410円という価格に落ち着いた。
ここに至る堀総長の態度に対して、昆布会社に批判的な論説を掲げてきた函館の新聞「北海」は、「堀氏は連合組合総長なれば生産者の目的を達するよう尽力すべきが当然なるに生産者の主張する所を不当と思惟するが故か其れとも他に言うべからざる事情があるが故か会社の値段を賛成し会社を助けて生産者を挫くの傾向あるより出札中の生産者は何れも大不平を唱居るよし」(明治23年5月18日)、と論評し、本来生産者の立場にあるはずの堀総長が会社側の意見に近い発言をしていることを報じている。
これに対し、当の堀総長は、生産者総代に対して「昨年……価格大に騰貴したるは……昆布会社を創設し一手販売の権を占め支離分争の弊を絶ち多年清商に壟断せられたる商権を我に回復したる由と……生産者をして再び前年の惨状に陥らしむることなく永く正価を維持して其福利を増進せんと欲せば如何なる方法に頼るべきやと問はば……生産者の一致団結を鞏固にし昆布会社の業務を発達せしむるに在り、……諸君幸に昆布会社を他人視せず会社の心を以って其心とし彼の発達は我福利を増し彼の衰退は我を惨状に導の原因なりと思い一歩に一歩を譲り彼我共通の利益を計らんことを」希望するとして、昆布会社に対する理解と協力を求め、加えて「多数の生産者中未だ我組合に加入せず随意の運動を為し自ら喜び其甚しきに至りては我連合団結に妨害を試むる者あり」(明治23年6月8日「函新」)とも述べて、昆布組合に加入しない一部生産者と、暗にそれらに加担する函館海産商人をも非難しているのである。
表6-36 日本昆布会社第1・2実際報告書
1.負債資産勘定 | ||
借方(負債の部) | 明治23年 | 明治24年 |
株 金 積 立 金 他 店 よ り 借 預 り 金 支 払 未 済 配 当 金 前期繰越滞貨準備金 前 期 繰 越 金 当 期 利 益 金 合 計 | 225,000 69,763 3,562 58,027 356,352 | 500,000 11,000 163,731 2,319 3,211 1,500 2,027 59,048 742,838 |
貸方(資産の部) | ||
払 込 未 済 株 金 仮 配 当 金 代 金 前 貸 雑 種 貸 昆 布 売 買 ( 在 庫 ) 諸 買 入 品 委 託 売 買 売 掛 代 金 未 収 入 金 後期繰越昆布諸入費 地 所 建 物 船 舶 什 器 創 業 入 費 金 銀 勘 定 合 計 | 24,752 79,427 135,184 3,624 58,135 29,100 473 1,360 4,178 20,119 356,352 | 212,000 15,000 51,290 16,994 318,950 6,323 27 26,254 5,135 64,648 719 994 1,978 22,502 742,838 |
2.損益勘定 | ||
収入の部 | ||
当 期 総 益 金 * 前 期 繰 越 高 前期 繰 越 滞 貨 準備 合 計 | 204,920 204,920 | 346,410 2,027 1,500 349,938 |
支出の部 | ||
当期 間 営 業 諸 経費 後期 繰 越 滞 貨 準備 所 有 物 消 却 創 業 入 費 消 却 役 員 賞 与 金 積 立 金 配 当 平 均 準 備 金 割 賦 金 後 期 繰 越 金 合 計 | 146,793 1,500 1,300 2,300 10,000 11,000 30,000 2,027 204,920 | 287,362 10,000 734 1,978 5,000 9,000 3,000 31,400 1,463 349,938 |
*当期総益金中昆布売買益:23年165,235円、24年263,584円
明治23年4月23日、同24年4月24日「函館新聞」による.
翌24年4月、昆布会社の第2回株主総会が開催された。この総会に提出された営業報告書(表6-36)によれば、損益勘定においては、昆布の売買益が前年度の1.6倍に当たる26万3584円となり、総利益金は34万6410円で、前年度に比較して1.7倍に増加している。しかし、営業諸経費が、運賃や流通諸経費の増加で28万7362円に倍増し、当期利益は、前年とほぼ同額の5万9048円が計上されている。利益金の処分では、前年度非難の対象になった役員賞与金が5000円に減額され、割賦金として3万1400円が株主配当金にまわされている。
一方資産構成をみると、総資産は74万2838円で前年度に比較してほぼ2倍に増加している。だが、総資産の中では、昆布の在庫(昆布売買)が43パーセント(31万8950円)、かつ払込未済株金が29パーセント(21万2000円)を占めており、総資産は倍増したものの、資金運用の点で極めて窮屈な資産内容ということができよう。また生産者に対する前貸金(代金前貸)の残高が5万9048円と前年の2倍になっている点が注目される。
ちなみに、この期の営業状況をみると、昆布の取引状況では、昆布の仕入額は46万3840円、前年度繰越在庫高を加えると59万9024円で、売却額26万5392円と減石欠損1万4682円を差し引いた31万8950円、つまり仕入れと期首在庫の53パーセントが売れ残った勘定になる。また生産者に対する代金前貸しでは、27万3415円が貸し出され、5万1290円が前貸し残として次期に繰り越されている。
このため、営業にかかわる運転資金の大部分を多額の借入金に依存することになり、年度内の借入金総額は128万9417円にのぼり、決算時には、借入金16万3731円を残し、この間の利息として1万4692円が支払われている。営業収支の面では、前年とほぼ同額の利益を計上し、一見して会社の業務は順調にみえたが、現実には資金繰りに多大の困難を抱えていたのである。
この株主総会終了後、函館元町の旧長官官舎において24年度の直立会議に先立ち、連合組合の会議が開かれている。会議の模様について新聞「北海」は「最も傾耳せしと雖も之れを秘密に付して漏泄せざるが故に容易に其状況を聞知するを得ざりし然れども生産人の要求と会社の要求と衝突して会社は廃業せんと公言し連合総長亦た辞表を出だして帰札せんとするに至りしを見れば連合会議も一時破裂せんとするまでに切迫せしを知る可し」(5月21日付)と報じ、会議が難行したことを伝えている。
会議の議題は、組合連合と昆布会社間の契約要領とその細則に関する問題で、従来、生産者が会社から前貸金の融通を受けた場合、1郡、あるいは1村を単位に連帯責任を負う形をとっていたものを、生産者側は、連帯責任を負う範囲を5名程度の小グループに改訂することを要求したものであり、これに対して会社側は、(1)各組合は、会社に対し金銭貸借、昆布受渡しその他契約上の一切の責任を組合全体の連帯責任で負うこと、(2)各組合は、組合員の契約履行、前貸金その他違約金弁済の担保として、組合員所有の海産干場などの財産を契約期間中組合に差出させ、その契約書を会社側に提出すること、(3)各組合の干場所有者は、組合加盟者以外の者に干場を提供(貸与、代業、譲渡など)しないことを求めている。
これは会社側が、昆布の一元集荷と前貸金の回収を確実にすることを意図したものであったが、こうした会社側の回答に対し、生産者側の一部から、元来、会社より前貸金の無い者が、会社にのみ出荷を義務付けられ、自己の所有干場を他人のために担保に提供し、かつまた、前貸金返済未納者の債務まで責任を負わねばならないのか、といった議論が噴出し、会議は紛糾して堀組合連合総長が辞意を表明するに至った。だが、会議に列席していた道庁の伊藤一隆水産課長らの斡旋により、昆布価格の一部を会社の株金として積み立てるという案が承認され事態は収拾されたのである。
この後の価格協議のおいても、会社側は過大な在庫の存在を理由に前年を下回る価格を提示し、生産者側と対立したが、生産者側の反発が強く前年より10パーセント高の420円で妥結した。