漁業資本と金融

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 鰯漁業に要する漁業資本は、地方と漁場によって一様ではないが、この時期最も多額の資本を投じていたのは樽前漁場で、最高が一期(六か月)三〇〇〇余円で、普通でも約二〇〇〇円、日高地域および上磯漁場の一部では一〇〇〇円内外を投下していた。一方、亀田郡の古武井椴法華は一期(四か月)八〇〇円から九〇〇円で、亀田郡の大部分の漁場は、このような投下資本の最も少ない漁場に該当した。
 このように投下資本の額に地域差があったのは、漁場における資金の調達方法が異っていたからである。
 先の『予察調査報告』によれば、「鰛漁業者中能ク自力ヲ以テ万事ヲ経営スルモノ甚タ僅少ニシテ大半ハ其資本ノ全部若クハ一部ヲ他借シテ営業スルモノナリ就中最モ他借営業ヲ為スモノハ規模ノ大ナル独立営業者ニアリテ歩方営業者ニ於テ却テ寡シ」とあり、大規模な鰯漁業者の多くは仕込金融に依存している。歩方営業者の多い銭亀沢を含む亀田郡では、仕込金融に依存する漁業者層は少なく、当然投下資本も少なかったようである。
 また、「他借ノ方法」には、「各地一ナラズト雖トモ要スルニ仕込ト取替ト通常貸借トノ三種ニシテ就中仕込最広ク行ハレ取替最少シ」とあって「仕込」「取替」「通常貸借」の三種類があった。
 「仕込」では、漁業者が、漁期前に漁業に要する物品・資材および資金の一切を金主(仕込親方)から借り受け、漁期終了後に金主に委託した漁獲物の販売代金から、貸付金と物品の仕入代金や漁獲物の販売手数料、金利などを差引き精算していた。この仕込金融にもいくつかの方法があった。たとえば、日高地域の場合、「普通の仕込」と「代業法」という二つの方法があり、前者は、漁業者が幾分資産を所有する場合で、後者は、漁業者が資産を全く所有していない場合の方法で、漁業者には極めて不利な内容であった。そしてこの仕込みをおこなう金主は、主に函館の水産商であった。これに対して、樽前地域の漁業者は、ほとんどの者が漁場(漁業権)、漁船、漁具などを所有し、これを担保に資金を借り入れていたので、金利やその他の代金決済においては、日高の場合に比べて生産者の条件は有利であった。
 亀田・茅部地域では、前述した「普通の仕込」が一般的で、主に渡島地方でおこなわれていた「取替(法)」は、漁業者が収獲物を仲買人に売り渡すことを条件に、漁期中に要する物品を借り入れ、収獲物の販売代金から物品代金を引き去る方法を取っていた。この方法では、仕込みより物品の借り入れが少なく、漁期末の勘定において支払いに不足を生じることは稀であったという。
 「通常貸借」は、上磯郡有川および函館区大森浜から湯川、そして石崎に至る各浜で多くおこなわれた方法で、すべてが信用貸しで、金利はおおむね月二分とされた。仕込主丸抱えとなる日高地域などの仕込金融に比較すれば、これらの地域の漁業者は、仕込主に対して独自性をもっていたことになる。
 ただ当時の一般的状況は、「鰛漁業ノ資本ハ各地自力営業者ヲ除クノ外皆之ヲ函館金主ニ仰ギ殊ニ需要物品ノ如キハ一トシテ其手ヲ経ザルハナシ故ニ収獲ハ挙ゲテ其手ニ帰シ鰛漁業ノ実権殆ト漁民ヨリ去ノ恐レアリ蓋シ此ノ仕込アルガ為ニ該漁業発達ノ幾分ヲ助ケタルハ明ラカナル事実ナリト雖モ実権遂ニ他ニ遷ルニ至テハ最モ憂フベキコトニ非ル乎」(『予察調査報告』)とあって、水産商人(函館)の仕込みなしには、漁業資本を調達することが全く困難な状態であったことがうかがわれるのである。