東広島市立図書館/東広島市デジタルアーカイブ
③「志和」に残る歴史的なものをさがそう!
志和には寺が多くあります。お寺をめぐってみましょう。
画像 【資料】西蓮寺(さいれんじ) 画像 【資料】神機隊の墓地 画像 【資料】西蓮寺入り口の石碑 志和インターチェンジの近くには、「西蓮寺(さいれんじ)」があります。西蓮寺は、江戸時代の終わりころに広島藩(はん)の軍隊(ぐんたい)である「神機隊」(しんきたい)の基地(きち)でした。
広島の軍隊が志和にいたの?どうして軍隊がお寺に集まったのだろう?昔の人にとってお寺はどんなところだったのだろう?くわしい人にきいてみよう!
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お寺は広い敷地があるので、人がたくさん集まって集会を開くのに向いています。また、武器や食料をたくわえておくこともできるので、戦の時には基地にもなります。お寺は、今の公民館や集会所に近いかもしれませんね。
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次に並滝寺に行ってみましょう。
並滝寺 並滝寺 山門 【資料】並滝寺と山門 志和東には「並滝寺(なみたきじ)」があります。733年に行基(ぎょうき)という有名な方が開いたと言われています。山門は、東広島市の重要文化財(じゅうようぶんかざい)に定められています。
すごく歴史のあるんだね!行基は小学生が6年生の社会の授業で必ず学ぶ人物だよ。
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次に大宮神社に行ってみましょう。
画像 画像 画像 【資料】大宮神社 大宮神社は、坂上田村麻呂(さかのうえたむらまろ)がお願いをして建てたと言われています。参道の両側には土塁(どるい)というかべがあります。
このほかにも、いろいろなお寺や神社がたくさんあるよ。志和は古いものがたくさんのこっているんだね。
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ほかに人々が大切にしているものをさがしてみましょう。
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この建物はなんだろう?なにかの塔(とう)かな。
のんたの画像 画像 【資料】鐘楼(しょうろう) 画像 【資料】鐘(かね) 画像 【資料】説明の看板
これは時報塔(じほうとう)と言うんだね。大正11年につくられたもので、鐘をならして時間をまちに知らせる塔だったんだな。太平洋戦争(第2次世界大戦)のころは、空襲(くうしゅう)を知らせるサイレンだったらしいよ。
「定時励行(ていじれいこう)」と書いてあるけど、どういう意味なのだろう?どうしてこんなものをつくったのだろう?
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定時励行とはどのような意味でしょうか?
画像 画像 【資料】そのほかの時報塔の文字
定時励行の「定時」は「決まった時間」という意味だね。「励行」は「決めたことや決められたことをきちんと実行すること」という意味だよ。
ほかにも「時ハ金(ときはかね)」と書いてあるね。「時は金なり」ということわざのことで、「時間はお金のように貴重で大切なものだ」という意味だね。ほかにも「時間節約(じかんせつやく)」と書いてあるよ。なんだか時間にきびしいな。
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どうしてこのようなものが作られたのでしょうか?
画像 【資料】在郷軍人会のマーク
このマークは在郷軍人会(ざいごうぐんじんかい)のマークだね。五芒星(ごぼうせい)は陸軍、錨(いかり)は海軍を表しているよ。それに剣(けん)と盾(たて)がマークに使われているね。見つかるかな?
在郷軍人会は、元軍人さんたちの集まりだよ。軍人の間で広まっていた「定時励行」の考え方を志和の人々にも伝えて、きりつ正しい生活を広めようとしていたんだ。今でも、時間に合わせて生活することが学校や会社でも当たり前になっているね。
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志和には古いお寺や神社がたくさんあるよ。中には、日本の歴史上の人物がかかわっているという言いつたえがたくさんあったね。
時報塔は、時間をしっかり守って効率(こうりつ)良く行動する文化を広めようとしてきたんだね。
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