曽利式土器(水焔渦巻文土器)
(中村龍雄『中部高地縄文土器文様』1986年 P53より)
北日本で縄文中期を代表する円筒上層式土器は、さきの下層式土器よりも分布範囲は広い。北は石狩川を越えてさらに北上し、北海道北端の宗谷岬にまで達し(31)、一部は海を越えて礼文島(れぶんとう)にまで渡っており(32)、南は太平洋側で岩手県の水沢市付近、日本海側は山形県酒田市の沖合に浮かぶ飛島(とびしま)でも出土しているのである(33)。
円筒上層a式土器
森田村・石神遺跡
(森田村歴史民俗資料館蔵)
円筒上層b式土器
森田村・石神遺跡
(森田村歴史民俗資料館蔵)
円筒上層e式土器
森田村・石神遺跡
(森田村歴史民俗資料館蔵)
円筒上層c式土器
森田村・石神遺跡
(森田村歴史民俗資料館蔵)
このように東北北部から北海道にまで広がりをみせた円筒上層式土器も、やがて中期後半に入ると南から北上して来た大木式土器の影響を受けて変質し、次第に大木式の色彩が強くなって、ついには大木式土器のなかに埋没するのである。さらに円筒上層式の世界に進出した大木式土器は津軽海峡を越えて北海道に渡り、渡島半島にその足跡を残している(34)。