美馬市立図書館/美馬の記憶 デジタルアーカイブ
みま歴史散歩

郡里廃寺跡( こおざとはいじあと ) ( だん ) 塚穴( つかあな ) コース

国指定史跡( しせき ) 郡里廃寺跡( こおざとはいじあと ) 」と「( だん ) 塚穴( つかあな ) 」を( めぐ ) るコースです。古代( こだい ) 美馬( みま ) の中心地として( さか ) えた歴史( れきし ) 後世( こうせい ) ( つた ) えるため、現在( げんざい ) 整備( せいび ) 計画が進められています。

発着地点
願勝駐寺車場
距離
約4.4km
所要時間
約75分※所要時間には、見学に要する時間は含まれていません。

郡里廃寺跡( こおざとはいじあと )

国指定史跡

郡里廃寺跡 郡里廃寺跡 郡里廃寺跡 郡里廃寺跡

郡里廃寺跡( こおざとはいじあと ) は、白鳳( はくほう ) 時代(7世紀後半( せいきこうはん ) から8世紀( せいき ) ( はじ ) め)に創建( そうけん ) された徳島県内最古( とくしまけんないさいこ ) 寺院跡( じいんあと ) として1976(昭和51)年に国史跡( くにしせき ) 指定( してい )されています。古くから「立光寺( りゅうこうじ ) 跡地( あとち ) として伝承( でんしょう ) されていましたが、国史跡( くにしせき ) 指定時( していじ )に「郡里廃寺( こおざとはいじ ) 」に改称( かいしょう ) されました。これまでの発掘( はっくつ ) 調査( ちょうさ ) で、約100メートル四方( しほう )広大( こうだい )寺域( じいき ) と、東側に五重塔( ごじゅうのとう ) 、西側に金堂( こんどう ) ( はい )する法起寺式( ほっきじしき ) 伽藍( がらん ) であることが判明( はんめい ) しています。この地方を支配( しはい ) していた豪族( ごうぞく ) 氏寺( うじでら ) として( ) てられたもので、古代( こだい )の美馬の繁栄( はんえい ) を今に( つた ) えています。 史跡( しせき ) 内には樹齢( じゅれい ) 700年( ちょう ) とされる大銀杏( おおいちょう ) 中山路( なかやまじ ) のイチョウ」(美馬市指定天然記念物( てんねんきねんぶつ ) )があり、その( わき ) ( ほこら ) には親子地蔵( おやこじぞう ) ( まつ ) られています。

( だん ) 塚穴( つかあな )

国指定史跡

段の塚穴 太鼓塚古墳 段の塚穴 太鼓塚古墳 段の塚穴 棚塚古墳 段の塚穴 棚塚古墳 段の塚穴 段の塚穴 段の塚穴
※石室の写真は美馬市教育委員会提供

( だん ) 塚穴( つかあな ) 」は、河岸段丘( かがんだんきゅう ) 先端( せんたん ) にある2( ) 古墳( こふん ) 総称( そうしょう ) で、1942(昭和17)年10月14日に国の史跡( しせき ) に指定されました。徳島県( とくしまけん ) の国指定史跡( しせき ) ( だい ) 1号です。どちらも古墳( こふん ) 時代後期(( やく ) 1400年前)につくられたもので、( やく ) 25メートルの距離( きょり ) ( へだ ) てて東西に( なら ) んでおり、東の大きい古墳( こふん ) が「太鼓塚古墳( たいこづかこふん ) 」、西の小さい方が「棚塚古墳( たなづかこふん ) 」と( ) ばれています。 太鼓塚古墳( たいこづかこふん ) 」は川向( かわむかい ) から青石( あおいし ) を運び、( ) み重ねた直径( ちょっけい ) 37メートル・高さ10メートルのドーム( がた ) 石室( せきしつ ) を持つ墳丘( ふんきゅう ) で、周りに( ほり ) ( めぐ ) らせた四国最大( さいだい ) 級の円墳( えんぷん ) です。 棚塚古墳( たなづかこふん ) 」は「太鼓塚古墳( たいこづかこふん ) 」に( なら ) んで作られており、直径( ちょっけい ) 20メートル・高さ7メートルの円墳( えんぷん ) です。 太鼓塚古墳( たいこづかこふん ) 」同様、埋葬施設( まいそうしせつ ) として横穴式( よこあなしき ) 石室( せきしつ ) を持ちます。玄室( げんしつ ) はドーム( じょう ) になっており、奥壁( おくへき ) には古墳( こふん ) 名称( めいしょう ) と思われる立派( りっぱ ) 石棚( いしだな ) があります。