美馬市立図書館/美馬の記憶 デジタルアーカイブ
みま歴史散歩

岩倉城跡(いわくらじょうあと)コース

美馬市脇町にある「岩倉城(いわくらじょう)」の城跡(しろあと)と、その城館跡(じょうかんあと)のある「うだつアリーナ」付近(ふきん)、岩倉城(いわくらじょう)の出城跡(でじろあと)に建立(こんりゅう)された「真楽寺(しんらくじ)」を訪(たず)ねるコースです。

発着地点
うだつアリーナ
距離
約3.8km
所要時間
約65分※所要時間には、見学に要する時間は含まれていません。

①うだつアリーナ

郡里廃寺跡

美馬広域(こういき)圏(けん)住民(じゅうみん)の体育・スポーツの振興(しんこう)と文化向上のために、平成(へいせい)11年(1999)9月に着工し、13年(2001)5月に完成(かんせい)した。 この辺(あた)りは、岩倉城(いわくらじょう)の城館跡(じょうかんあと)と推測(すいそく)される遺跡(いせき)があった。平成(へいせい)10年(1998)うだつアリーナ建設(けんせつ)に伴(ともな)う事前調査(ちょうさ)として鴨地(かもち)遺跡(いせき)の調査(ちょうさ)を脇町(わきまち)教育委員会(当時)が行った。調査(ちょうさ)では礎石(そせき)を伴(ともな)う建物跡(たてものあと)と柵列(さくれつ)が検出(けんしゅつ)された。土師器(はじき)、陶磁器(とうじき)など14~16世紀代中世末期(まっき)の遺物(いぶつ)が出土し、岩倉城(いわくらじょう)の築(きず)かれていた時期と合い、礎石(そせき)を伴(ともな)う堅牢(けんろう)な建物跡(たてものあと)の存在(そんざい)と、吉野川(よしのがわ)の水運を利用(りよう)した川港立地の可能性(かのうせい)があり、軍事(ぐんじ)、経済的(けいざいてき)流通の要所(ようしょ)としての館跡(やかたあと)と考えてよい遺跡(いせき)と思われる。

【美馬環境(かんきょう)備整(せいび)組合 クリーンセンター美馬】
うだつアリーナに隣接(りんせつ)するごみ焼却(しょうきゃく)施設(しせつ)。裏手(うらて)には、岩倉城(いわくらじょう)を守る堀(ほり)の跡(あと)が残(のこ)っている。

②真楽寺(しんらくじ)

真楽寺

真言宗(しんごんしゅう)大覚寺派(だいかくじは)の寺院。岩倉城跡(いわくらじょうあと)の北方100メートルに位置(いち)する。文禄(ぶんろく)元年(1592)快秀(かいしゅう)上人(しょうにん)により岩倉城(いわくらじょう)の出城(でじろ)・北野坊(ぼう)跡(あと)に建立(こんりゅう)された。本尊(ほんぞん)は阿弥陀(あみだ)如来(にょらい)であり、胎内(たいない)の銘文(めいぶん)に、建久(けんきゅう)8年(1197)に小笠原氏(おがさわらし)の発願(ほつがん)により造立(ぞうりゅう)されたとある。阿波(あわ)西国(さいごく)三十三(さんじゅうさん)音観(かんのん)霊場(れいじょう)32番(ばん)札所(ふだしょ)。

③岩倉城跡(いわくらじょうあと)

岩倉城跡1 岩倉城跡2 岩倉城主墓石

岩倉城(いわくらじょう)は、中世に築城(ちくじょう)された阿波(あわ)国西部地区を代表する城(しろ)の一つ。築城(ちくじょう)年は不明。三好郡領(みよしぐんりょう) 平(たいらの)盛隆(もりたか)を滅(めっ)した小笠原(おがさわら)長房(ながふさ)が西阿(せいあ)制圧(せいあつ)の足がかりとして美馬郡(ぐん)東部に設(もう)けたといわれている(文永(ぶんえい)4年(1261)頃(ごろ))。永正(えいしょう)17年(1520)に、三好(みよし)山城守(やましろのかみ)康長(やすなが)(笑岩(しょうがん))が城(しろ)を改修(かいしゅう)し、阿波(あわ)における三好氏(みよしし)の本拠地(ほんきょち)となった。最盛(さいせい)期には六坊(六つの出城)を備(そな)えた広大な城域(じょういき)を持っていたといわれる。天正(てんしょう)13年(1585)、羽柴(はしば)秀吉(ひでよし)の四国攻略(こうりゃく)にあたり、岩倉城(いわくらじょう)は羽柴(はしば)秀次(ひでつぐ)の攻撃(こうげき)を受け落城(らくじょう)、その後廃城(はいじょう)となった。三好氏(みよしし)の経済的(けいざいてき)基盤(きばん)は、吉野川(よしのがわ)中流域(いき)の沖積地(ちゅうせきち)で栽培(さいばい)され染料(せんりょう)に使用された「藍(あい)」であったと考えられる。藍(あい)の栽培(さいばい)に適(てき)した舞中島(まいなかしま)、岩倉(いわくら)、郡里(こおざと)の沖積地(ちゅうせきち)による一大産地(さんち)を伴(ともな)った場所での築城(ちくじょう)が三好氏(みよしし)の阿波(あわ)での拠点(きょてん)となったことが十分うかがえる。 本丸があった場所以外(いがい)は、農地改革(かいかく)でほとんどが削(けず)られ、現存(げんぞん)していない。 歴代(れきだい)岩倉城(いわくらじょう)城(じょう)主の墓(はか)。五輪塔(ごりんとう)数基(き)を伴(ともな)った墓石(ぼせき)。