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松前・函館商人の招来

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 開拓使札幌市街の開発を進めると同時に、市街地に工商人の来住を求めて、三年閏十月以降松前函館で工商人の招募を行っている。これに応じた松前函館の商人が四年二月から四月にかけて移住してきた。松前地方からの招募によって何人来住したか不明であるが、四年の『辛未歳市中人別申出綴』(道文三一二)によると、松前城下または館藩支配所として住所を記入している工商人は一四戸である。ほかに松前江差、松前福山からの移住者を加えると二三戸になる。しかし誰が募移民であるか不明である。それらの人たちの稼業は小商内、荒物渡世が多く、経師職、髪結、太物荒物商がそれぞれ二戸である。このなかに太物渡世の奥泉清吉、札幌で初めて湯屋を開いた(南一西一)とされる小川万治郎の名も見える。

写真-2 「諸職人移住相願候もの凡見込調」(札幌往復 道文335)

 『辛未歳市中人別申出綴』によると、函館からの移住者は二一戸で、このうち招募による函館からの移住者は一四戸である。ところで開拓使これら招募の商人に対し、家作料一〇〇両の給与を自移工商民と同様に無利息一〇カ年賦貸与に切り換えた。そのため函館からの移住の中で二戸は家作料借用を辞退した。このことで函館からの募移工商移民は一二戸とされている。しかし家作料借用を辞退した二戸も後日町役人の配慮でやはり家作料を借りている。
 函館招募の工商人の職業は、畳指、仕立、染物、髪結、荒物、料理、寿司、菓子、湯屋、旅館などである。そして創成町東西一~二丁目に店を持ったものが多い。また札幌に来て職を変えた人もおり、中には貸座敷を営む人も出ている。