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職業構成

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 今度は札幌市中の人びとの職業を前掲の『市中人別申出綴』からみてゆくと、表2に掲げたようになる。この表は、『市中人別申出綴』中の六月の時点での職業を一職種を専業する者と、二、三種を兼業する者とに分けて掲げておいた。記載されている職業数は、一三四戸延べ一六二件(他に無記載七戸)を数えるが、このうち五以上(延べ数)のものをあげると次のとおりとなる。
 ①荒物45 ②醸造業(酒・糀・酢・味噌・醬油)14 ③ 大工13 ④旅籠9 ⑤太物・木綿8 ⑥髪結7 ⑦小商内6 ⑧菓子・餅屋5
表-2 札幌市中永住人の職種(明治4年6月)
専業(116戸)兼業(18戸)
建設関係(21戸)豆腐・湯屋1
 大工10 左官1 鍛冶1 木挽1 柾挽1 材木屋1 黒鍬2荒物・太物・鉄2
 畳刺1 経師,表具師2 野建木?1大工・材木屋1
食品関係(21戸…除料理,居酒屋)大工・荒物2
 魚屋(含五十集)3 蕎麦屋1 味噌,醤油,造酢2木綿・荒物3
 菓子屋3 造酒,濁酒,糀屋(室屋)6 鮨屋1 豆腐,油揚3濁酒・糀1
 八百屋1 餅屋1酒・荒物2
旅籠,料理屋,遊女屋(14戸)造酒・旅籠1
  料理屋4 遊女屋1 居酒屋1 旅籠8濁酒・糀・荒物1
その他の商業など(58戸)酒糀・菓子1
 湯屋,風呂屋2 仕立屋2 髪結7 研師1 太物2 染屋1荒物・小商内1
 薬種1 炭屋1 荒物屋34 小間物4 小商内3太物・荒物・小商内1
その他(2戸)経師・小商内1
 運送1 郷宿1合計134戸
(他に職業無記載  7戸)
鈴江英一「草創期札幌の支配と社会」(札幌の歴史 第5号より)

 この表2からもいえることは、もっとも多い職種は建設関係で、次に目立つのが造酒または料理屋、遊女屋など遊興の業種である。それに異常に多いと思われるのが荒物で、はじめ小商内と記載したが途中で荒物に変更したものが多く、全体の二八パーセントで、これは永住人の四人に一人強となる。この荒物・小商内の多くは、生活が安定しない零細民であったと思われ、「橋頭ニテ立売、小商人共」(市民諸達留 北大図)であったり、のちの『札幌沿革史』に「開拓使の初め商店といふは、雑商にして、荒物・呉服・干物・酒・油等、何品と限らず商ひけりとぞ」の「雑商」と呼ばれる人びとが少なくなかったようである。
 これが五〇八戸に達した六年六月段階の職業構成ではどうであろうか。同年六月の『市民商業惣高取調』(市史 第六巻)の記載から職種別にまとめると、表3に掲げたとおりとなる。この表を見た限りでも表2の四年の場合同様、札幌市中の当時の生産活動は、おもに直接本府建設に携わる大工・土方・木挽・杣夫・鍛冶、この人びとに供する飲食・娯楽遊興、往来する旅行者および流通のための旅宿・運漕の業が主体となり、そこに群がるように日雇・出稼にきわめて近い形態で荒物や小商内を業とする人びとが市中の繁栄を担っていた。いいかえれば、開拓使の公共事業等に直接・間接に関わる職種の人びとによって札幌の経済活動が維持されていたといえよう(鈴江英一 草創期札幌の支配と社会)。
表-3 札幌市中職業別戸数(明治6年6月)
建設関係(149戸)
大工50 土方28 杣工22 木挽職19 鍛冶10 請負人5
材木屋4 鋳物師2 左官2 表具2 銅屋1 屋根普請1
附木1 柾挽1 畳刺1
食品関係(47戸)
菓子・餅11 五十集11 豆腐10 濁酒3 八百屋3 蕎麦屋3
煮売2 味噌・糀2 穀物1 寿司屋1
旅籠,料理屋,貸座敷(70戸)
貸座敷29 料理屋23 旅籠屋16 木賃宿1 居酒屋1
その他の商業など(219戸)
荒物屋183 髪結14 小間物6 風呂屋5 小商2 太物2
仕立2 紺屋1 薬湯1 塗師1 桶屋1 下駄1
運輸(22戸)
馬追21 運漕1
不明(1戸)
合計508戸
市民商業惣高取調』(新札幌市史 第6巻)より作成。