札幌における専門の書店は、二十年九月に札幌教育界の草分け的存在である前野長発によって造られた玉振堂である。同堂は、十六年結成の私立図書館というべき司典社(二十年五月札幌読書会と称す)を前史として持ち、多くの本の刊行も行った。その多くは『北海道区町村制義解』(三十年)など、全道を対象としたものであるが、中には木村昇太郎編『札幌繁昌記』(二十四年)など札幌に関するものもあり、また札幌で著名なジャーナリストとして活躍した久松義典『北海道新策』なども発刊している。
また前野は二十三年に、「北海道における最初の偉大な著述家」(高倉新一郎 北海道出版小史)とされる村尾元長と共に北海道同盟著訳館を設けていくつかの書を刊行したが、間もなく解消した。
なお、札幌の出版社ではなく、企画自体も中絶したものであるが、東京の裳華堂「札幌叢書」について一言ふれたい。同叢書は札幌農学校に秀れた教師がおり、秀れた研究が眠っているのを世に出そうという企画で十数冊が予定されていたが、新渡戸稲造『農業本論』、松村松年『日本昆虫学』を出版して中絶した。しかし専門と限定はされても、当時の札幌にはそれだけの人材がいたということであろう。