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小 松 吉 次 郎(注6)
第三章 結 論
森林の個人及国家の経済上に於ける効果を種々なる方面より述べたれども、以下之れを再び簡単に説明せん。
(1)森林は用材・薪材・其他の副産物を吾人(ごじん:われわれ)に供給す。
(2)森林は其経営及作業上、労働の要求を来す。粗製原料を生産する森林工業に於て然(しか)り。
(3)森林は空気温度を低減し土壌を和げ気候を調和す。
(4)森林は空気中の関係的湿度を増し蒸発を減ず。
(5)森林は水の供給を順にし、殊に泉源となり洪水を防ぎ河川の水勢を永続ならしむ。
(6)森林は浸食・地辷(じすべり)・雪崩(なだれ)・土砂の堆積を防止し飛砂を防ぐ効あり。
(7)森林は風力を弱め寒風を防ぎて農作物を保護し家畜・野獣・鳥類の避難所となる。
(8)森林は国民の衛生を助く。
(9)森林は一国の風致を進め国民に有益なる感化を与ふ。
此等(これら)の効果は如何(いか)なる程度まで及ぶべきかは、国土の状態により異るものなれども、森林の直接効能に至りては次ぎの理由によりて森林は保護すべきものか、或は新に森林を造らざるべからざるかを決定する重要なる理由とす。即ち、
(1)国の位置、他国との交通及殖民地の有無。
(2)林産物の代用品十分なりや否や。
(3)土地労働の価値が他の目的に使用せしとき年々の収額如何(いかん)。
(4)住民集密の度。
(5)不毛地の存在するや否や。
(6)資本か企業に便するや否や。之れなり。
英国は木材及他の林産物の輸入、比較的容易に且廉価なり。或は他国を支配せる事あり。之れ前者は海洋に接し河川・鉄道等一般交通機関完備せるを以(もっ)て他国よりの輸入容易なる場合にして、後者は広大なる殖民地を有し森林の蓄積大なればなり。又或一国は石炭に富めるを以て薪材は第2位なることあり。又或国は鉄其他の鉱物に富める故に用材の必要少きことあり。されば此の如き利益の存在せざる国よりも森林を要求すること少きは当然なり。又農耕に供する土地が森林に用立つよりも資本に対する利一層大なるときは、仮令(たとい)木材を輸入すとも其土地は決して林業には用ゐられざるべし。次に一国の住民、非常密にして全土尽く食料を得る為(ため)に要するときは森林は存在せず。他方に農地に余りあり、不毛の地多く且住民が副業を欲する如(ごと)き場合には、此残余の地より収益を得ん為に林業は成立し、森林を管理しつゝ傍ら職業を得、遂(つい)に木材工芸の開始を見るに至る。勿論(もちろん)一国が森林の間接効能を主眼として森林を仕立つることを勧誘するや否やを考ふるに気候と地勢とは最重大の関係を有す。赤道に接近すれば益益(ますます)其度を増し、離るゝに従て必要の度を減ず。即ち熱帯地方にて雨季と乾季との別ある地方にては森林の必要愈(いよいよ)大にして極熱を緩和し乾季を調和すれども、非常に湿気ある北方の諸国にては反(かえっ)て有害なることあり。同理により大陸地方は森林を必要とし、島国は風害の患(うれい)なきときは必要少しとす。又山岳地方は森林の必要大にして彼(か)の地辷・雪崩・陥落・河底の土砂堆積・洪水・泉源等に関して平原地方より一層其必要を増す。然(しか)れども一国は必ず森林を必要とし、及其必要の面積幾何(いくばく:どれほど)なるやの問題に至りては未だ共通の法式を発見せず。此問題は各国種々なる特殊の事情ありて決定せらる。即ち各国国有林の面積の大小は非常に差ありて、住民1人に付9町9分(注7)より僅に1分に至れり。『セルビア』、『ルシア』、『スウエデン』及『ノルウエー』は国民が要求するより大面積の森林を有し、英国、独国(ドイツ)、丁抹(デンマーク)、葡萄牙(ポルトガル)、西班牙(スペイン)、仏国(フランス)、伊国(イタリア)は森林面積小にして到底国民の林産物需用額を供給する能(あた)はざるなり。然れども此等の諸国は、多くは海洋に境せる地方にして他の前記の諸国と差異あり。殊に多くは多湿の海風の影響を受くること多く、又海洋より自由に輸入をなし得る便あり。而して所有の状態は一国に於ける森林面積に密接の関係あり。森林所有者を下の三大級に区別す。
(1)国家或は国王(2)組合(3)個人
森林には歳入及職業の供給を主眼として間接の効果を必要となさざる場合あり。又他国より林産物の輸入容易にして政府は森林を
(改頁)
保育(注8)するの煩労を一も要せざるあり。然(しか)れども一方には之れと正反対に気候上、及機械的効能を必要とし、或は将来の輸入不確実なるときは賢明なる行政官は一国の必要とする森林面積を維持せんと講究するや明かなり。即ち国有林の一定面積を維持し或は設置し組合林・私有林を管督し奨励する方法を取らざるべからず。(第一編森林の効用終了)、
(国家と森林との関係は次号に継ぐ)