としまひすとりぃ
ひと×街 ひすとりぃ

様々なひとが暮らす街。
ひとりひとりの日々の暮らしからそれぞれの物語が紡がれ、街の歴史を織りなしていく…
そんな物語の軌跡を区民インタビュアーがたどります。


6 平和と文化の橋渡しを、これからも

喜寿を迎えた平成18(2006)年、小森さんは自伝的小説『陽子』(かもがわ出版)を出版した。戦後から書き継いできた作品だったが、戦後60年の節目でもあり、反戦の願いもこめて刊行したのだ。2年後、良夫さんが他界。その翌年には詩集『生きるとは』(詩人会議出版)が第37回壺井繁治賞を受賞した。壺井氏は、小森さんの詩集デビュー作を励ましてくれた大先輩でもある。

幼い頃から小森さんを支え、ともに歩んできた世界は、小森さんの子どもや親しい人たちも育んできたのだろう。『陽子』をはじめとする小森さんの数々の本の装丁は、美術家であった娘のまどかさんによる切り絵で彩られている。

「私はずいぶん不幸が重なったと思うけれども、へたらなかったということだけは、プライドです。もう駄目だと思うことが何度もあったし、生きてたってしょうがないと思うことが何度もあったけど、文化的な活動をしながら生き続けるという生き方を捨てなかったということには、プライドを持てると思うのね」

こうした考えは、『陽子』にもつぶさに描かれている。たとえ死んでも、人は意思をつないでいける、というものだ。愛する人を亡くすたび、主人公の陽子はそう実感し、再び立ち上がる。その都度、心の軸がたしかなものとなっていくのだ。

そして今、平和と子どもたちの幸福を願う小森さんの歩みは、陽一さんが継承してくれている。
「自分がやりたいと思ったことはなかなかスムーズにできなかったけど、いつも私の周りには、へたりそうになった私を支えてくれる仲間がいた。同時に、息子が難しい仕事を――私が押し付けちゃったんだけど(笑)、引き受けてやってくれてね。自分たちの生きざまが今の日本の歴史と密接に関わっていて、その道をちゃんと歩いているという自覚が、ささやかだけどいつも胸の中にある。それで温まって、また立ち上がることができると思っています」

陽一さんが意思を継いでくれているという安心感がある一方で、今でも鮮烈に思い出すある日の光景が、小森さんを揺らす。
「敗戦の時、戦争が終わったことを教えてくれたのは、メガホンで知らせて歩いていたおじさん。その時、動員先の滋賀県の工場の寄宿舎にいたのね。そしたら外でおじさんが『皆さん、戦争が終わりましたよ、今夜から明かりをつけていいんですよ』って言ったのね。田舎の道を、メガホンを一つ持って、そう叫んで歩いたおじさんの声を聞いた時、『ああ、本当に、本当に終わったんだ』『今夜から明かりをつけて新聞も読めるし、本も読めるんだ』って思った。それまで、現実の電気だけじゃなくて、自分の心の中にも前途にも、明かりのない日々だったから。『今夜から明かりをつけていいんですよ』っていう言葉は……すごいリアルじゃない? その明かりを、ずっとつけ続けたいと思います。その、一翼のようなものをね」

子どもが心豊かに育ち、自ら歩む道を選ぶことができ、戦争のない世界を目指す。その行先を灯す小森さんの歩みは、まだまだ続きそうだ。

(取材日:令和2(2020)年11月11日)



◆区民インタビュアー取材後記◆

根岸 豊さん

旧宣教師館で『「赤い鳥」のお話し会』が行われていることは、知っていましたが、どなたがお話しをされているか知りませんでした。今回のインタビューで「お話し会」につながる小森さんの、いわば個人史ともいえるお話を伺うことができました。雑司が谷での戦時中の子供時代から、都立第十高女生の時に学徒動員での<ガスマスク>づくり、そして戦後には労働運動、文化活動、結婚、子育て、チェコでの生活、詩人会議、姑の介護・・と波乱にとんだ歩みを伺うことができました。

吉田いち子さん

明治40年、アメリカ人宣教師・マッケーレブが居宅として建てた雑司が谷旧宣教師館。貴重な近代木造洋風建築で、豊島区の指定文化財でもある。
雑司が谷という地で生まれ、そして育った小森香子さんは91歳になられた。インタビューの日、窓から晩秋の優しい光がさしこみ、穏やかな時間が流れた。小森さんの静かな横顔。そして時折見せる笑顔が印象的であった。
雑司が谷旧宣教師館で「おばあちゃんのお話し会」を15年以上継続され、200回記念を迎えた。子どもたちに児童文学雑誌『赤い鳥』を語り継ぎたい!そんな想いからだったという。
インタビューの終わりに「読んでみてください」と渡された一冊の本『生きることは愛すること』。そこには人生の一歩一歩が刻まれ、丁寧に生きてこられた足跡があった。そして紡ぎだされた何篇もの詩の中には小森香子さんの息遣いが感じられる。冷静で淡々とした語りとともに想像を遥かに超える、深い〝心の叫び〟に私は激しく突き動かされた。









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