様々なひとが暮らす街。
ひとりひとりの日々の暮らしからそれぞれの物語が紡がれ、街の歴史を織りなしていく…
そんな物語の軌跡を区民インタビュアーがたどります。
5 地域の福祉施設などに支えられて
近年、とりわけ都市部の公園では禁止事項が増え、「公園で何もできない」と話題になっている。監視カメラを設置する公園も目立つようになり、どこか窮屈な印象だ。
はらっぱ公園は、こうした公園とはかけ離れている。地域住民が普段から掃除や花壇の世話をしているからか、自然と安全に保たれ、居心地のいい場として愛されている。多くの人が関わってきたなかで、忘れがたい顔ぶれを振り返ってもらった。まずは、植野さんの子どもたちも交流してきた福祉施設、ゆきわりそう。
「週に1回は雑草を取りに来てくれたり、はらっぱ公園を助けてくれるので維持できてるんです。ゆきわりそうも、30年ぐらい前にできたときとは全然違います。組織も大きくなりましたし、やはり地域に溶け込まなきゃいけない、っていう意識を持っていたでしょうね。そうすると当然こちらも開く。住んだ地域のおかげで、子どもたちもゆきわりそうのかたたちと当たり前にお話しできてるんです。いまは孫たちも」
介護を専門的に身に着けた山本さんもおおいに同感だ。
「30年前って、私たちの意識も理解力もいまほどなかったです。だから彼女たちも大変だったと思いますけれども、はらっぱ公園というあの場所があったからこそ、彼らたちの清掃の場所であったり、ポニー(※16)を連れてきて一緒に関わることができたり。ノーマライゼーションで地域の活動を同じようにしていきたいということが、うまくいっていますよね。やっぱり素晴らしい場所になっているんじゃないかな」
山本さんはまた、「防災まちづくりの会」のころからアドバイスをくれたコンサルタントの人たちの力も大きいと強調する。区の元職員もいて、行き届いたサポートに助けられたという。
「やっぱり、素人の集団の中に指針を示してくださるかたがいるのは大きいです。
そして「育てる会」では、区との窓口になってくれている廣田博会長(※17)が頼りになる。「はらっぱ公園」と書かれたオレンジ色のキャップがトレードマークだ。
「何かやるときには必ずかぶってくださるから、公園で何か言うなら廣田さん。そうやっていつでもスタッフの人がいると、変にたまり場になったりしないんです。前はよく高校生とかが爆竹なんかで騒いでいることがありました。よく警察に来てもらったりしたんですけど、そういうのって若い人同士で情報が伝わってるんです。ここに来てもうるさく言われるからって来なくなったんでしょう。人の目っていうのは本当に大きいんです」
と植野さん。公園の目の前の家で見守ってきたからこその実感がこもる。
山本さんも、「廣田さんという素晴らしい長がいて、植野さんもいい人で。はらっぱ公園のメンバーは本当にいい人ばかりですよね」としみじみ相槌を打った。