晩期の土器を俗に亀ヶ岡式土器と称し、その時代に人々が築き上げた品々などを総称して亀ヶ岡文化と呼んでいる。この土器文化は、さきの後期に繁栄した十腰内式土器を母胎にして生まれ、さらに十腰内式土器をしのぐほどに成長発展した。なかでも土器器形の多様化と、漆や赤色塗料の使用量の増大、木製品(現在は用途不明なものもある)の種類の多い状況は、亀ヶ岡土器文化の特色であるとさえ考えられる。このように優れた当該文化は、他の地域に居住する人々にとって羨望(せんぼう)と憧憬(どうけい)の的であったろう。
大洞C1式皿形土器
八戸市・是川中居遺跡
(八戸市博物館提供)