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(二二)本受寺

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 本受寺陽光山と號し、【位置】宿屋町東三丁字寺町にあり、日蓮宗八品派本能、本興兩寺末であつたが、明治四十三年五月本門法華宗尼崎本興寺末に屬した。(社寺明細帳)寺格無格。【開基】寬正二年本覺院日陽開基、(本受寺開闢書)【本尊】本尊題目寶塔、釋迦、多寶二佛。【堂宇】本堂、庫裏、客室、學問所、藥醫門及び嘉永三年創立の鎭守堂あり、境内五百七十二坪を有してゐる。(社寺明細帳)當寺は西家の菩提所で、西宗眞(るゐす)が德川家康より受領した羽織、海外渡航印狀、本多正信呂宋國太守宛の書狀、【るゐすの遺物】西るゐす由緖書等を所藏し、又同家累代の墓碑がある。【西家墓碑】墓碑は巨大なる五輪塔で、宗眞逆修の爲に建てたものである。塔には法號東漸院宗眞日源居士を始め、父宗源及び母妙喜、宗眞の妻養光院宗月、宗月の父永德及び母妙崇、本源院宗玄(三代九郞兵衞)、本照院宗信(四代九郞兵衞)の法號及び歿年を刻して居る。【什寶】什寶には前記の外本宗中興日隆上人筆曼荼羅一幅、日承法親王筆紺紙金泥本尊三幅對、本能、本興兩寺歷代貫主筆本尊十六幅、等惠和歌懷紙一幅等がある。