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祖霊社「東雲祠」の創建

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 現在の札幌祖霊神社は、四年に神葬祭との関連で設けられたのに始まるといわれる(札幌祖霊神社創立百周年記念誌)。十五年に神社公認を願い出たが、内務省は祠宇として願い出ずべしとして許可しなかった(同前)。
 ついで十八年二月二十四日付で若林嘉倫ほか一人を発起人とし、石川正蔵水原寅蔵田中重兵衛ら六人を信徒総代として、「神葬祭ニ帰向スル者已ニ三百余戸ニ及ヘリ。然ルニ未タ一ツノ祖霊社ノ設無クシテ、鎮魂其所ヲ得ズ」(札幌県治類典 道文九四九七)として「祖霊社新築願」を札幌県に提出、県は翌月内務省に進達した。ところが翌四月、内務省はこの願は「祠宇建設ノ議ニ候哉」とした上で、であれば「此際祠宇名取定御回報有之度」(同前)と照会した。祠宇とは、この場合教派神道の施設をさしていると思われる。これについて、若林名で「祠号東雲祠と名称仕度」(同前)と改めて願い出、九月にこの名称で許可を得た。しかし同年八月、同祠へ札幌神社から分霊奉迎の文書では祖霊社と記されており(同前)、通称に若干の混乱がみられる。
 このほか、十八年八月に商人向井嘉兵衛が願人となり、同人持家を教会と定め、大成教禊教北海道第一分社設立願が提出され、同月許可された。