まず、昭和十七年三月九日、カトリックの戸田帯刀教区長が検挙された。理由は、戸田教区長が理事長であった光星商業学校で、教練用の銃剣の購入を遅延させたため、あるいは「軍事に関する造言飛語」のためともいわれている。検事は、戸田が英米相手の戦いは「今後どうなるか判らぬ」と教職者数人相手に行った談話を起訴理由としている。この裁判は同年中に無罪の判決となった。
同年六月二十六日、新生教会(旧札幌ホーリネス教会、札幌聖教会)の牧師伊藤馨が治安維持法違反容疑で検挙された。この逮捕では、旧ホーリネス系の日本基督教団第六部・第九部の教会及び宗教結社きよめ教会に対し一斉に行われたものであった。同年三月、不敬・造言飛語などの容疑で逮捕されて獄中死した函館本町教会(元函館聖教会)小山宗祐の事件が、旧ホーリネス系一斉逮捕の底流にあったという。十六年に改正された治安維持法では、取締対象が「国体ヲ変革スルコト」(第一条)のほかに、「国体ヲ否定シ又ハ神宮若ハ皇室ノ尊厳ヲ冒瀆ス」(第七条)ることが加えられた。このため神社参拝の拒否や天皇の絶対性・超越性を否定する言動が、治安維持法による取締りの対象となった。旧ホーリネス系の教会が主張する千年王国説、キリスト再臨説が、天皇の統治の否定、神聖の冒瀆とされた。逮捕された教職者は一三四人にのぼり、少なくとも六七人が有罪とされた。伊藤牧師もその一人で、一審の判決はこの事件で最も重い執行猶予なしの懲役四年であった。新生教会は伊藤の一審判決の前、十八年四月に宗教団体法第一六条により認可取消しとなり、解散させられ、日本基督教団は伊藤の教師籍を剝奪した。しかし、新生教会の集会は牧師不在の間も、信徒の家屋で続けられた。
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写真-10 伊藤馨 |
昭和十八年七月二十一日、無教会の聖書研究会の指導者浅見仙作は、特高警察に出頭したところ、そのまま拘留された。浅見の逮捕理由は、市内の知人宅で語った「米国は経済的に豊富で、貧弱な日本と比較すると豚と鼠の差があるから米国と戦いを交える事は危ない事だ」と言ったことや、あるクリスチャンの集会で、日本軍が戦争で流す血と「人類の罪を贖う」キリストの十字架の血を混同してはならない、と述べたことが反戦言辞に当たるというものであった(浅見仙作 小十字架)。もっとも裁判では、治安維持法違反事件となっており、浅見が意図しないようなキリスト再臨信仰を問題とされた。札幌地方裁判所の判決は懲役三年であったが、大審院の判決は昭和二十年六月十二日、浅見を無罪とした。浅見は満七七歳になっていた。
写真-11 浅見仙作
浅見仙作の拘留・検挙があった二カ月後、十八年九月二十日、セブンスデー・アドベンチスト(第七日基督再臨教会)札幌教会の牧師で北海道部長であった金子未逸が神戸へ転任する準備中に、後任の国谷弘とともに検挙された。セブンスデーの検挙は、旧ホーリネス系と同じキリスト再臨信仰が問題とされたもので、全国的には四三人が逮捕された。翌十九年十一月、金子は懲役四年の判決を受けた。すでに教会は結社禁止処分を受けていた。旧ホーリネス系、セブンスデー両事件の獄中死は七名を数えた。
昭和十九年四月二十八日、日本基督教団北海教区長・北一条教会牧師小野村林蔵が「(神宮への)不敬並に時局に関する造言飛語」(戦時下のキリスト教運動 3)を理由として警察に拘引された。この発端は前年、小野村が講師をしていた北星高等女学校の修錬の時間で、天照大神は日本の先祖の神であって「世界を造った神さまとは違うでしょう」(小野村林蔵 豊平物語)と語ったことが市内の国民学校長会議で問題となったものといわれている。しかし、起訴は治安維持法の適用ではなく、戦争の見通しに関しての言論出版集会結社等臨時取締法違反事件となり、一審の札幌区裁判所では懲役八カ月の判決となった。小野村は北一条教会の支持を受けて上告し、翌年五月の札幌控訴院の判決では無罪となり、再び同教会の講壇に復帰した。
写真-12 小野村林蔵