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札幌の問題点

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 区制期を歴史の上からふりかえれば、明治四十三、四年が折り返し点であり中間時にあたる(同前 八頁)。札幌に区制を施行して一〇年が経過し、この特別自治制の評価が問われるようになってきたが、この時点で札幌区の認識がどのようなものであったか、次の文書によってそれを検討したい。
 大正元年(一九一二)十月二十二日付で内務省地方局長が道庁長官宛に出した「北海道区制北海道一級町村制、北海道二級町村制施行後ノ実験等ニ徴シ、該制度及関係命令中改正ヲ加フルノ要アリト認メラルル事項有之候ハハ、理由ヲ附シ至急御内申相成度」との通知に関し、札幌区役所が道庁に提出した北海道区制の問題点を指摘した文書である。提出年月日は明記されていないが、前後の経緯を考えると、大正元年十一月中旬であったと思われる。
     記
一 区役所位置変更及字名改称等ニ関スル規定ヲ設クルコト
一 公民ノ資格ヲ単ニ直接国税及地租ニ限定スルコト
一 同上家督相続ノ場合 納税額継承ノ規定ヲ設クルコト
一 第七条二項ハ贅長ニシテ注意浅薄ノ感アリ
一 第九条第十条二項ハ区長助役共ニ欠缺ノ場合ニ適用スル様規定スルコト
一 第十五条収入役代理者ハ区ノ任意トスルコト
一 第二十条ハ全然不必要ト認ム
一 四十六条原簿調製ト人名簿作製ノ期間ハ少シク短期ニ過クルヲ以テ今少シ延長シ且縦覧期間ヲ十日間位ニ改ムルコト
  名簿確定前区長ニ於テ修正ヲ要スト認ムルトキハ(申立ノ有無ニ拘ラス)修正スルヲ得ルノ規定ヲ設クルコト
一 第五十四条当選ヲ辞シタル場合 適当ノ方法ヲ設ケ可成再選挙ヲナサヽルコト
一 第五十九条議決事件ハ限制的ニアラスシテ例示的ニ改正スルコト
一 六十四条一項吏員ハ二項ニ対照スルトキハ意義不明瞭ノ感アリ
一 六十五条開会中必要ト認メタル事件ハ直ニ其会議ニ付スルノ規定ヲ設クルコト
一 七十五条区有財産及基本財産ノ意義明瞭ナラス
一 九十三条年度二ケ月前ハ単ニ年度開始前トスルコト
一 同事務報告及財産明細表ノ提出ヲ廃スルコト
一 九十五条予備費認定ノ件ハ全廃スルコト
(北海道制区町村制改正草案 道図)

 札幌区役所が指摘した一六項目の問題点をみると、まず区長権限の強化を要望していることがわかる。すなわち、収入役代理者を置くか否かは区の判断によること、区会開会中に急施を要する事件があれば、区長は直ちにこれを区会に付することができるようにすること、予備費支出の後日認定を区会に求めず、区長権限とすること等を要望した。次に区会機能の拡大をねらいとしている。すなわち、区規則を設ける際の条件を削り、区会が議決する事件を制限列挙式から例示概目式へ改正するよう求めている。それは市制に基づく市会と同様の権限を区会に与えるよう要望しているのである。一六項目の問題点の基底には市制があって、区制との差異を埋めようとする意図が読みとれよう。区役所の位置変更にしても市制第七条にあって区制にない条項で、公民資格も市制との同一化をねらっている。第七条二項(区規則を設ける条件)が贅長だというのは市制第一二条を念頭において要望しており、五四条、五九条、六五条の指摘もまた市制との対照において問題としている。すなわち札幌区による問題指摘は市制への接近を志向し、自治の拡張を願ってのことであったから、国や道庁長官の権限委譲(分権)と密接不可分の関係にある。
 しかし、札幌区が指摘した問題点には、直接区の監督を明記した一〇一条から一一〇条について全く触れられていない。あえてこの条文に言及することを避け、道庁との対立を回避する配慮が窺え、これがこの時点での札幌区による自治拡張要望の限界であったと言わざるを得ない。
 それでは、道庁では札幌区の問題指摘をどう見たのだろうか。この文書には道庁側の書き込みがあり、二、四、五、八、一〇、一一、一四、一五、一六項目に「否」とあり、他項目には付されていない。即ち一、三、六、七、九、一二、一三項目は区制改正が可能になった際に活かそうとしたのであろう。事実道庁において「北海道区制改正項目」なるものをまとめ、内務省に提出している。それによると、区長職務から区会の議決を承認することや区の権利を保護する項目を削除し、区会議員の増員(一〇万人以上三六人)を認め、市制同様に任期四年、半数改選の廃止を盛り込むなど、一部に自治の拡張と受けとめられる案が織り込まれているが、区を監督する内務省、北海道庁の権限はきわめて強いままで、内務大臣の権限を道庁長官に移すほか、第一〇八条の道庁長官の許可を必要とする項目に新しく二項を追加する等、道庁権限の縮小、札幌区の自治拡張につながる案ではなかった。
 なお、この改正案とともに「北海道一級町村制改正項目」「北海道二級町村制改正項目」が作成されたが、さらに「北海道制草案」なる六章一二九条からなるものが成文化され、内務省に提出されたことは注目に値しよう。こうした内務省主導の問題点把握作業は、あくまでも地方制度の現状調査の一部であり、道庁案をもとに直ちに区制改正に向かうような積極的な意味を持っていたとは思われない。