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都市計画区域の申請と決定

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 新聞によると、札幌市は十四年三月中にすでに函館と共に都市計画区域を内申済みであると報道された(北タイ 大14・3・20)。函館はその通りに地方委員会へ提出したようだが、札幌市は水道計画と併行上、なお未決の分があるため都市計画区域を決定できなかった(北タイ 大14・4・21)。五月になると、札幌市などと同時に都市計画法が施行された二五都市の中から、すでに都市計画区域の決定した都市がではじめた。境、尼ケ崎、新潟、豊橋、岐阜、仙台、岡山、広島、呉、下関、福岡、大分の一二市は都市計画区域決定。若松、鹿児島の二市は区域に関して内務省の調査を終了し、目下関係市並びに地方委員会に諮問中。長崎、福岡、金沢、門司、小倉、若松、八幡、熊本の八市は内務省において再調査中で、本月中に決定して地方委員会に諮問するはずである。札幌、函館、小樽と最近指定された佐世保、長岡、津、岡崎、宇都宮、清水、大垣、長野、松本、和歌山、高松、丸亀、大分、高知の一四市は、三カ月以内に都市計画設置に関する材料を内務省に提出することになっていた(掲載都市は新聞のまま、北タイ 大14・5・20)。
 その後詳しい経緯は不明であるが、十五年七月札幌市から内務省へ内申した(札幌都市計画概要)。その際の参考資料が、前述①の「予定区域」とある『札幌都市計画区域設定参考資料』であろう。九月内務省から札幌市の都市計画区域に関して、関係市町村へ諮問があった。市会では九月七日付の都市計画北海道地方委員会幹事諸橋襄の名で高岡直吉市長宛に諮問案として提出された。それによると、九月十一日豊平町、十三日白石町、十四日札幌村、十五日琴似村、十六日藻岩村、十七日札幌市に北海道委員会から担当技師を派遣させることになっていた。市会の審議では、市長から「コノ区域通リデ差支ヘナイ。コノ通リデ宜シイト答弁ヲヤリタイト信ジテ居ルノデアリマス」と意見が出た。当市会の四番議員(助川貞二郎)から、「内務省ト協定シタ案デアッテ、仲々変更スルコトハ容易デナイト云フコトデモアリ、別段変化シナケレバナラント云フ意見モ自分トシテハナイ」として、「道庁諮問案通リ賛成シ、可決確定アランコトヲ望ミマス」と発言した。その結果札幌市の都市計画区域は諮問案通り札幌市会を通過した。
 この答申案は、前述のように十二月十五日都市計画委員会北海道地方委員会で可決されて、内務省へ答申された。その後、昭和元年十二月二十七日に内務大臣臨時代理である逓信大臣安達謙蔵から若槻礼次郎内閣総理大臣宛に認可のための閣議を請求し、翌二年一月十日内閣決定され、一月十二日付で都市計画公告として公布された(公文雑纂 巻31 昭2)。