[解説]

絵頭入書百性往来童子宝全
東御市文化財保護審議会 寺島隆史

 江戸時代の寺子屋で使われた初歩の教科書を往来物と総称しますが、各種の職業に関する指導書ありました。これは百姓すなわち農民の子弟のためのものです。
 本書は「浪花禿箒子」により明和8年(1771)に著わされ、江戸馬喰町の書店西村屋与八によって刊行されています。
 前書きでは、天下の恩つまり御上により仁政が布かれ、聖人の道が行なわれて、万民安堵して暮らしていられるという恩に始まり、天地の恵みによる国土の恩、言うまでもない父母の恩、周囲の人々からの衆生の恩について述べ、人としてこれらの恩をよくわきまえて忘れずに暮らすことが肝心だとしています。
 本文では、まず、鋤・鍬・鎌などの耕作道具を上げていますが、以下も百姓・農民として知らなければいけない文字を、事項ごとに上げてあります。損・旱損という水害・日照りに対する対策、肥料、害鳥・害獣・害虫除け、などに触れた後、検見(作柄調査)を受けた後の貢納は誠実に未進(不納)のないように心がけること、とあります。
 その他の事項としては、交通関係での村々の負担とされていた、助郷(大通行の際の人馬役)、往還・街道の掃除について等から、家の作りほか生活全般を質素にして非常食も貯え、飢饉のおりに飢餓に陥らないよう心掛けるのが第一だなどとしてます。なお、家作については「家の造作は丸太を以て掘立て」でとしています。江戸時代前期の農家は、地面に穴を掘って柱を立てる掘立てが大部分であったと言いますが、後期には礎石を使うことが一般化すると考えられています。本書の書かれた江戸時代中期でも、まだ掘立が推奨されていたことが知られて興味深いものがあります。
 身の分限をよくわきまえて、領主代官を敬い、正直第一に生きることが、仏・神の心にかない、子孫繁栄にもつながるものであり、本書は「農家の宝也」として結んでいます。
 本往来は、このように農民子弟に対しての実用書というよりは、農民のあるべき姿、精神的なもの、封建道徳を強調しているところに特徴があると言えるでしょう。