造林上の雑感

            16
          脇 田 山 の 人
往時造林の錯誤よりして林業経営上至大の損失を来せしことは、吾等同人の最も考慮と注意を要すべき問題にして、将来に於ける損失を防止するものなりと信じ、2、3の事例を断片的に論及し参考に供せんとす。
(1)木曽地方に現れたる造林
天下に冠絶せる扁柏(へんぱく:ヒノキ)天然林の本場たる木曽御料林の伐採後に造林せらるゝ方法の内、1町歩の植付本数6,000本乃至(ないし)極端なるものにありては1町歩9,000本に及べるものあり。現今は本数4,500本、山の人をして之れを見れば確かに密植にして錯誤なりと信ず。之等(これら)の原因には種々ありと雖最上(さいじょう:この上ない)注意を要すべきは、実に欠たる高等学府の出身者が青表紙(注17)やノートと首引し直訳的理論に走りし結果や、演習林造林と心得利害を顧みざる欠点である。1町歩4,500本にし
 
  (改頁)      17
 
ても尚且(なおかつ:それでもやはり)密に失する(しっする:すぎる)感あり。即ち1町歩3,000本乃至3,500本、東西何れを問はず適当である。木曽の如き急傾斜地の植付は指導者をして務めて斜面植込みに注意せしめざれば、目的の本数より多く植込むものである。御料林の如き伐採跡地の植付は求めて(もとめて:すきこのんで)密植の必要更に無し。雑草木の旺盛ならんとする時、既に植付けたる扁柏はドンドン生長すれば、植付本数の多きは下刈費に何等の関係を及すに至らず。故に今日としては苗木を節約し植付人夫を節し、引ては造林費の節約を期すべきである。
既往植林地の現況を見るに、前掲の関係よりして密植のため植栽木は上長生育のみ旺盛になり、肥大生育の権衡(けんこう:つりあい)を欠き不完全なる林木を形成せるに至れるは遺憾である。此儘(このまま)にして遂年せんか、益々損失を増大するや必然なり。斯(か)かる造林地に対しては間伐又は除伐を急務とし、多大の労を費すも改造なすの大英断を要するものと信ず。斯くの如きは独り御料林のみならず、各地民林にも行はるゝ弊害である。
(2)各地に於ける落葉(カラマツ)林
明治30年頃より40年頃に亘り造林熱の盛んに向ひし際、各地に於て落葉の造林流行せし事ありき。其結果、各所に今日落葉林の極めて変形の林を見るに至れり。此の流行も生長に応じて手入等を行ひしなれば些(さ)したる弊害とも思はざりしならん。土地の選定、気候立地の関係等を考慮せず吾れも人もと落葉カブレの時代で、其の当時は赤林や槲(カシワ)林等の美林も乱伐なし。落葉を植付なし数年後に至りて落葉の生育不能に気付き、再び元の天然の赤・槲林等の保育をなすが如き大なる錯誤も亦甚しからずや。其の当時の指導はドンナ顔をして居るのか、独り損失を見る国家や山持は気の毒である。現在各地の落葉林を通観するに、右の遺物たるのみならず極めて密植せるものが其儘となりて雑然たる林况を呈せり、特に甚しきは浅間山麓・八ッ岳山麓等である国有林の如きも、看々(かんかん:よく見る)試験林なぞでは完全な除伐間伐が行はれて居るが、一般林地に対しては手入せられて居るのは少ない。御役所式の施業は1日1日と遅れる。或は本年の予算計上を無いとか何とかかんとか言ふが、夫れだけ当初の目的に反し益々損失を来すのである。然も要は実行にあり、落葉の性質としては樹齢15年生乃至25年生内外の間に於て、順次強度の除間伐を行うて良好なる成林をなすものなり。故に山の人は言ふ、此の期に雑然たる落葉林の除間伐を急務とする。
(3)赤  万 能 論
我国の林野経営上より見て山の人は赤万能を主張するものである。夫れは一番用材として短い年限で一番生育の速かな一番用途の多い有益な樹木は赤材である。故に赤林の造成を以て急務であると信ずる。先年本多博士は赤亡国論で世間から種々の説を立てられた事がある為めに、造林思想を高潮せられし功は博士に依つて多大であった。山の人は六ッかしい(むつかしい:難しい)学理を述べるのではない。平凡な
 
  (改頁)
 
事で読者が実益を納めれば夫れでよいのである。
維新以後本邦の山野は乱伐乱採をなし、赤裸々と化し或は不毛の原野と荒れはて、或は地方に依り野火を奨励なす亡国的風習あり。為めに優良なる樹種の根絶せんとする時に当り、天恵は無視し難く幸ひなる可(べ)し。赤の分布旺盛なるは林業復興の第一歩と謂ふべし。此の際、人工天然何れを問はず、赤林の造成保育は有用なることにて、施業の方法は輪伐期を短くするを原則となし、又は楢(なら)檪(くぬぎ)等の樹種を下木とする中林作業(注19)を為すにあり。最も注意を要するは樹間距離の長短にて、之れに依りて生育の遅速は分岐するものである。別して赤林の経営者は間伐を行ふ事が必要にて、短期間に於て材積を増大し従而平均収益を多からしむるものである。一般林業の経営と雖も投資に対し資金の回収速かなるを貴ぶ。山の人は赤造成を急務とするは他なし。供給者の立場を離れて需要者側にありて、此利用途多き赤材の市場に如何に欠乏せるかを思ふ時、赤万能を絶叫するのである。中京の某一工場にして1ヶ年に10万石乃至15万石のを消費しつゝあり、之れも到底内地赤材を得る能はず、止む無く北海道・樺太の杉・樅を以て需用を充たしつゝあり。木材二業の発達は益々廓大(かくだい)せられ用途は増加するのみ。沿海州、北米、加奈太(カナダ)等よりドシドシ輸入材を見る現勢は、可ならんも数十年後に来る木材の凶年を防止するや否や。