[戸井町の屋号調]

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 町村に早くから住み着いた人々の家では、同一町村内に分家を出し、分家が更に分家を出し、代を重ねるにつれて、同姓の家が多くなって来る。戸井町では、石田・伊藤・池田・宇美・吉田・境などの姓の家が多い。こういう状態はどこの町村でも共通である。こうなると姓だけでは区別がつかなくなるので、各家では屋号をつけ、屋号で区別をつけるようになる。こういう町村では屋号を言わないとピンとこない。人々はお互いに屋号で呼び合っている。
 屋号は種々雑多のようだが、一定の方式がある。符号、数字、漢字、假名やその組合わせである。大別すると符号、数字、漢字など一つのもの、二つ組合わせたもの、三つ組合わせたものがある。
 屋号は一家の円満、繁栄を祈ってつけるので、符号も縁起(えんぎ)のよいものが選ばれ、漢字なども末長く栄えるようにという願いをこめて選ぶ。
○符号では〓(やま)、〓(だきやま)、〓(ちがいやま)、〓(ちがいやま)、○(マル)、〓(かね)、□(かく)、〓(ます)、〓(いげた)、△(うろこ)、〓(りょうごう)、〆(しめ)、丁(ちょう)、・(ほし)、∴(みつぼし)、×(ちがい)、〓(ふんどう)、〓(いちぜんばし)、〓(おおかね)、工(かせ)、
○数字では一、二、三、五、六 七、八、十、十一、十二、百、千、万などが使われ、不吉だといわれる四と九の数字は使わなかった。
○漢字では久、吉、上、中、大、小、正、本、又、金、玉、文、松、竹、叶、西、南、北、山、川、河、石、木、善、京、光、新、亀、加、田、利、宗、森、平
○片假名ではア、イ、ウ、エ、オ、カ、キ、コ、サ、ス、セ、ソ、タ、ト、ノ、ハ、ミ、モ、ヤ、ヨ、リ、ワ、ヲ
   (平仮名を使った屋号も若干ある)
 屋号をつける場合、或は分家して新しく一家をたてて屋号をつける場合は、前述の符号、数字、漢字、片假名などのうちの一つを屋号とするもの、二つを組合わせるもの、三つを組合せるものの三通りがある。一般的に分家した家の屋号は、本家の符号や文字を一つとる習慣がある。したがって同姓の家は、その屋号によって親戚関係であることを推定できる。
 屋号組合せの方則により、戸井全町の屋号を主として、下海岸一般の屋号を挙げて見た。
 
○一符号、一文字のもの
 ①符号のもの 〓、〓、丁、〓、〓
 ②数字のもの 一、二、三、
 ③漢字のもの 本、互
 ④片仮名のもの カ
   (一ジルシ、ニジルシ、本ジルシ、カジルシなどという)
○符号と文字を二つ組み合わせたもの
 ①上に〓のついたもの
  〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓
  〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓
  〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓
  〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓
 ②上に〓のついたもの。
 〓、〓、〓、〓
 〓、〓、〓、〓、〓
 〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓
 〓、〓、〓、〓、〓
 ③上に〓のついたもの。
 〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓
 〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓
 〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓
 〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓
 ④上に〓のついたもの。
 〓、〓、〓、〓、〓、〓
 〓、〓、〓、〓、〓
 〓、〓、〓、〓
 〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓
 ⑤○の中に符号、数字、漢字、假名などを入れたもの。
 〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓
 〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓
 〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓 〓、〓、〓
 〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓
 ⑥上に〓(かね)のついたもの。
 〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓
 〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓
 〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓
 〓、〓
 〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓
 ⑦□(かく)の中に符号、数字、漢字、假名などを入れたもの。
 〓、〓、〓、〓
 〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、
 〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓
 〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓
 ⑧〓(ます)のつくもの。
 〓、〓
 〓、〓、〓
 ⑨〓(いげた)のつくもの
 〓
 〓、〓、〓、〓
 〓、〓
 ⑩△(うろこ)のつくもの。
 〓、〓(くみうろこ)
 ⑪〓(りょうごう)のつくもの。
 〓、〓、〓
 〓、〓、〓
 〓、〓
 〓、〓
 ⑫〆(しめ)のつくもの。
 〓、〓、〓、〓
 〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓
 〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓
 〓、〓
 ⑬〓のつくもの。
 〓、〓
 ⑭上に一のつくもの
 〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓
 〓
 〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓
 〓、〓、〓、〓、〓、〓
 ⑮上に二のつくもの。
 〓、〓、〓
 ⑯上に三のつくもの。
 〓、〓
 ⑰上に久のつくもの
 〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓
 〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓
 〓、〓、〓、〓(きゅうさぎ)
 〓、〓、〓
 ⑱上に八のつくもの。
 〓、〓(はちかせ)、〓
 〓、〓、〓、〓
 〓、〓、〓、〓
 ⑲上に大のつくもの。
 〓、〓、〓、〓、〓
 〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓
 〓、〓、〓、〓、〓
 ⑳上に又のつくもの。
 〓、〓、〓、〓、〓、〓
 〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓
 〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓
 〓、〓、〓
 ㉑上に入(いり)のつくもの。
 〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓
 〓、〓、〓
 〓、〓、〓、〓、〓、〓
 〓、〓
 ㉒その他
 〓(おおかねと)、〓、〓(いちぜんき)、〓、〓(ふんどう三)、〓(やまかぎ)、〓(かくとおし)、〓(わんとおし)、〓、〓、〓(わどおし)、〓(なかいち)
○符号と文字を三つ組合せたもの。
 ①上に〓のついたもの。
 〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓
 ②〓のつくもの。
 〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓
 ③上に一のつくもの。
 〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓
 ④○のつくもの。
 〓、〓、〓、〓
 ⑤久のつくもの。
 〓、〓、〓、〓
 ⑥その他
 〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓(ますわいち)、〓(わちがいいち)
 以上戸井町の屋号を調べ、組合わせの系列で並べて見た。屋号を調べて感ずることは、一家が長く繁栄するようにと願う気持から○、久、吉、上、大などという符号や文字を使った屋号が多い。金に恵まれるようにとか、金持になるようにということを願う気持から〓、〓、〆、〓、入などのついた屋号も多い。
 具体的に〓、〓など〓(ます)ではかる程、金持になりたいという願いをこめたものや、〓、〓などという屋号もある。
 多いのは〓のつくもの六十三、○のつくもの六十一、〓のつくもの五十四、□のつくもの三十七などである。同じ戸井町でも、東西の交流の少なかった時代につけられた屋号は、東西で同じ屋号の家が若干ある。同姓の家の屋号を抽き出して見ると、屋号で親戚関係を推定することができる。戸井町の屋号は網羅(もうら)されているが、戸井にはないが下海岸の町村にある屋号も若干含めた。したがって下海岸の屋号調べとしてもいいだろう。
 都市のように「隣は何をする人ぞ」というようなところでは、同姓の家が何軒あろうと、区別するための屋号の必要はないが、戸井のようなところは、先祖代々その土地に住み着き、近くに分家を出し、更に同じ町村内で婚姻、養子縁組などが行われて来たので、一町村の家々が、何等かの形で親戚、縁戚という関係の地域では、どうしても屋号が必要であり、屋号の生れる必然性があったのである。
 戸井町といっても、昔は汐首岬を境とした西部(小安、釜谷、汐首)と東部(瀬田来、弁才町、、館、鎌歌、原木)との交流が少なかったので、昔つけられた屋号では、東西で同じものがかなりある。
 昔は船主や貿易商人が、自分の持船と他の船とを遠くからでも区別できるように「帆印」にした。又商人は自分のところで扱う商品、自分のところでつくった商品の商標として屋号を使ったのである。
 先年、積丹来岸(しゃこたんらいけし)の旧運上屋(脇(わき)本陣)〓岩田家に保存されていた、明治十三年(一八八〇)の「客船帆形」という古記録を写したことがあったが、その中に、各地から来岸に入港した船の帆形(帆印)がたくさん書かれていた。〓、〓、〓、〓、〓、〓などのように、帆印だけのものの外に、帆印に屋号をつけたものもあった。その屋号は〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓(松)、〓などであった。
 この「帆形帖」には、神力丸、嘉宝丸、栄寿丸、三吉丸というように船名を書き、その次に帆形(帆印)を書き、四百一石積、八五一石積など船の積載石数或は帆の大きさを十八反、二十一反、二十四反、二十六反などと書いている。その次に「大坂北久保寺町二丁目、松波弥兵衛船、船長松根吉造」などと、船主の本籍地と船主、船長の氏名を並べて書いている。
 〓岩田家に残っている「帆形帳」によると、当時来岸に入港した船は、羽後(秋田)、越中(石川)、備中、加賀、摂津(兵庫)、大阪から来たことがわかる。
 高田屋嘉兵衛の船の、〓の帆印は有名であったし、「松原ごしに○に十の字の帆が見えた」と歌われている民謡は、〓紀の国屋の船に乗っている夫や父を、海辺で待っている妻や子の情緒を歌ったものである。
 鰮大漁の頃、鰮粕をつめた建筵(たてむしろ)に押された各網元の屋号のスタンプ(ポンポンといった)は一つの商標になったのである。船を遠くから識別するために帆印に使った屋号や、商品の商標として使われた屋号も、時代が変り、同姓の家が同一町村にふえてからは、各家の区別のために使われるようになったのである。同姓の家の多い町村では、姓をいっても通じない。屋号がその家の固有名詞なのである。
 道南の町村でも、農村では屋号が割合に使われていない。屋号は漁村に多いし、日常生活に欠くことのできないものである。漁村でも最近分家した俸給生活者の家には、殆んど屋号がない。
 町内の旧家で、分家から分家が別れて、同姓の家の多いものの例を挙げて見ると、石田姓の総本家は〓石田家であるが、石田姓を名乗る〓、〓、〓、〓、〓、〓などはすべて〓石田家の別れである。
 宇美姓を名のる一族の総本家は、〓宇美家であるが、宇美姓で〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓、〓など家号の家は、〓宇美家の別れである。金沢姓を名乗っているが、〓、〓、〓などの屋号も、〓宇美家の別れである。
 池田姓を名乗っている、〓、〓、〓、〓、〓などは、〓池田の別れである。この外町内に同姓の多い伊藤、水戸、吉田、境などの屋号を調べて見ると同様のことがわかる。
 然し五代も七代も代を重ねているうちに、親戚としての交際が薄くなり、先祖を同じくしていても、系統がわからなくなっている場合が多い。
 戸井町だけでなく、他町村への移動の少ない町村では、年代を経るにつれて、同族同姓の家が町村内に増加し、町村内での婚姻により、親戚、縁戚が網の目のようになっている。保守的な町村程この傾向が強い。下北地方の実態を調査して見たが戸井以上である。