凶作の影響

582 ~ 583 / 689ページ
大正二年(一九一三)は、青森県において気候が不順であり、稲作が打撃を受け、収穫は平年の二分作であった。このため、商工業もその影響を受けた。
 青森県が作成した報告書である『青森県凶作状況一班』は、大正二年時点での金融の逼迫(ひっぱく)と商況の不振を指摘している。同報告書は、個別業種ごとの商業につき、次のように評価している。
 呉服商 民間購買力の欠乏により最も大きな影響を受けた業種である。日常必需物資のほか、絹布類も売れず、売上高は前年度の三分の一に達する商店が少なかった。店員十数名を擁する店舗も一日の売り上げが五円にとどまる状態である。
 料理屋 青森、弘前、八戸、五所川原、黒石の合計で、大正二年の年末における料理屋数は七二四であり、前年と比べ、五五%減少している。芸妓数は若干の増加となり、酌婦数は減少した。登楼人員は三四%減少し、遊興金額総額は四二%減少した。凶作に伴う不況の影響が現れている。
 旅人宿 弘前、青森、八戸の旅人宿の宿泊客数は、大正二年十月から十二月までの三ヵ月で六万一〇〇〇人余りで、前年と比べ一万五〇〇〇人余り減少した。
 このほか、弘前駅をはじめとして県内の主要な駅の乗降客数が減少し、質屋での質流れ金額が前年比の三倍に増加した。また、米の不作が不況発生の原因であるため、国内の他地域産米の移入や外国産米の輸入が増加し、米価は低落傾向となった。大正二年の年末には出稼ぎ賃金が入り、米の売れ行きが好調となった。