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こどものページでは、主(おも)に小(しょう)・中学生(ちゅうがくせい)向(む)けに、都城市(みやこのじょうし)や都城島津氏(みやこのじょうしまづし)の歴史(れきし)について学(まな)べるコンテンツをそろえています。楽(たの)しく学びながら都城市(みやこのじょうし)について詳(くわ)しくなろう!

年表(ねんぴょう)

このページでは、都城(みやこのじょう)のできごとと、全国(ぜんこく)のできごとを、年代順(ねんだいじゅん)に学(まな)ぶことができます。
また、写真(しゃしん)をクリックすると、詳(くわ)しい資料(しりょう)の情報(じょうほう)を見(み)ることができます。

時代 年代 和暦 都城(みやこのじょう)のできごと 世の中のできごと
旧石器 約4万年前 日本列島(にほんれっとう)に人が住み始める
約2万9千~3万年前 錦江湾(きんこうわん)奥のカルデラが大爆発(だいばくはつ)し、南九州(みなみきゅうしゅう)一体(いったい)が軽石(かるいし)や火砕流(かさいりゅう)にうめつくされる
約2万8千年前 都城盆地(みやこのじょうぼんち)に人が住み始める
約1万3千年前 都城盆地で集落(しゅうらく)が営(いとな)まれる(山之口町・王子山遺跡(おうじやまいせき))
約1万年前 現在の日本列島の形がほぼできあがる
縄文 約4600年前 霧島御池(きりしまみいけ)が噴火(ふんか)
約2500年前 都城盆地(みやこのじょうぼんち)の中で稲作(いなさく)が確認(かくにん)される(南横市町・坂元(さかもと)A遺跡(いせき)) 稲作が始まる
弥生 57 - 倭(わ)の奴国王(なのこくおう)が中国(後漢(ごかん))に使いを送り、印を受ける
239 - 卑弥呼(ひみこ)が魏(ぎ)に使いを送り、親魏倭王(しんぎわおう)の称号(しょうごう)を受ける
古墳 4世紀中ごろ このころまでに大和政権(やまとせいけん)成立
400ごろ - 前方後円墳(ぜんぽうこうえんふん)(高崎町古墳群(たかざきちょうこふんぐん))や地下式横穴墓(ちかしきよこあなぼ)(菓子野地下式横穴墓群(かしのちかしきよこあなぼぐん))がつくられる
飛鳥 645 - 大化(たいか)の改新(かいしん)
奈良 710 和銅1 都を平城京(へいじょうきょう)(奈良)に移す
712 和銅5 このころ、水俣(みまた)駅(現在の山之口町)・島津(しまづ)駅(現在の郡元町)が置かれる
平安 794 延暦13 都を平安京(へいあんきょう)(京都)に移す
9世紀代 有力な豪族(ごうぞく)の館(やかた)がつくられる(金田町・大島畠田遺跡(おおしまはたけだいせき))
1016 長和4 藤原道長(ふじわらのみちなが)が摂政(せっしょう)となる
万寿年間(1024~1028) 平季基(たいらのすえもと)、島津荘(しまづのしょう)を開く
1156 保元1 保元(ほうげん)の乱
1159 平治1 平治(へいじ)の乱
平安時代後期 領主の屋敷跡が確認される(郡元西原遺跡(こおりもとにしばるいせき))
鎌倉 1185 文治1 惟宗忠久(これむねただひさ)が島津荘下司職(しまづのしょうげすしき)、のちに地頭(じとう)と日向(ひゅうが)・大隅(おおすみ)・薩摩(さつま)国の守護(しゅご)となり「島津」を名乗るようになる(島津発祥(はっしょう)の地の由来(ゆらい)となる) 壇ノ浦(だんのうら)の戦いで平氏(へいし)が滅(ほろ)ぶ
源頼朝(みなもとのよりとも)が守護(しゅご)・地頭(じとう)を設置する
1192 建久3 源頼朝、征夷大将軍(せいいたいしょうぐん)となる
1274 文永11 文永(ぶんえい)の役(元寇(げんこう))
1275 建治1 異国警固番役(いこくけいごばんやく)を命じられた島津氏(しまづし)第3代久経(ひさつね)が九州へ下向
1281 弘安4 弘安(こうあん)の役(元寇(げんこう))
1333 元弘3 鎌倉幕府(かまくらばくふ)が滅亡(めつぼう)
後醍醐(ごだいご)天皇による建武(けんむ)の新政(しんせい)が始まる
南北朝 1335 建武2 御醍醐(ごだいご)天皇から島津(しまづ)家の側近(そっきん)・本田久兼(ほんだひさかね)に対し、足利尊氏(あしかがたかうじ)らを追討(ついとう)するよう命じられる 足利尊氏、新政権に対して挙兵(きょへい)
1336 建武3(延元1) 足利尊氏が島津氏の家臣・本田久兼に南朝方の肝付兼重(きもつきかねしげ)の追討を命じる 足利尊氏が北朝(ほくちょう)の天皇を立て、南北朝(なんぼくちょう)に分かれる
1338 暦応元(延元3) 足利尊氏、征夷大将軍となる
1352 文和1(正平7) 島津資忠(すけただ)、足利氏から北郷(ほんごう)300町を与えられ、薩摩迫(さつまざこ)に移住(のちに都城島津氏(みやこのじょうしまづし)となる北郷氏(ほんごうし)の誕生)
1375 永和1(天授1) 北郷氏第2代義久(よしひさ)、都島(みやこじま)に「都城(みやこのじょう)」を築城(ちくじょう)(現在の都城市の名前の由来となる)
1392 明徳3 足利義満(よしみつ)によって南北朝が統一される
室町 1428 正長1 正長(しょうちょう)の徳政(とくせい)一揆(いっき)
足利義持(よしもち)死去、くじで足利義教(よしのり)が将軍に
1441 嘉吉1 大覚寺義昭(だいかくじぎしょう)事件が起こる
1467 応仁1 応仁(おうにん)の乱が起こる(~1477)
1543 天文12 北郷氏(ほんごうし)第8代忠相(ただすけ)が都城盆地(みやこのじょうぼんち)をほぼ統一 ポルトガル人が種子島(たねがしま)に鉄砲(てっぽう)を伝える
1549 天文18 フランシスコ・ザビエルがキリスト教を伝える
1573 天正1 室町幕府(むろまちばくふ)が滅亡(めつぼう)
安土桃山 1582 天正10 本能寺(ほんのうじ)の変
豊臣秀吉(とよとみひでよし)の太閤検地(たいこうけんち)(~1598)
1587 天正15 島津氏(しまづし)、豊臣秀吉に降伏
1588 天正16 豊臣秀吉、刀狩令(かたながりれい)を発する
1590 天正18 豊臣秀吉が全国を統一
1592 文禄1 北郷氏(ほんごうし)第11代忠虎(ただとら)、朝鮮出兵(ちょうせんしゅっぺい)に従軍(じゅうぐん) 文禄(ぶんろく)の役(朝鮮出兵)
1595 文禄4 北郷氏第10代時久(ときひさ)が祁答院(けどういん)(現在の鹿児島県薩摩郡(さつまぐん)さつま町・薩摩(さつま)川内(せんだい)市の一部)に移され、伊集院忠棟(いじゅういんただむね)が都城(みやこのじょう)の領主となる
1597 慶長2 北郷氏、朝鮮出兵に従軍
高麗虎狩図屏風
慶長(けいちょう)の役(朝鮮出兵)
1599 慶長4 島津氏と、その家臣である伊集院氏(いじゅういんし)との戦(たたか)い・庄内(しょうない)の乱が起こる
江戸 1600 慶長5 庄内の乱の活躍(かつやく)によって、北郷(ほんごう)氏が都城(みやこのじょう)に復帰(ふっき)する 関ケ原(せきがはら)の戦い
1603 慶長8 徳川家康(とくがわいえやす)が征夷大将軍となる
江戸幕府(えどばくふ)成立
1615 元和1 北郷氏(ほんごうし)第12代忠能(ただよし)、一国一城令(いっこくいちじょうれい)により新たに領主館(りょうしゅやかた)を建設 大坂夏の陣(じん)で豊臣氏が滅亡(めつぼう)
武家諸法度(ぶけしょはっと)が定められる
1638 寛永15 島原(しまばら)の乱に都城からも出兵 島原・天草一揆(1637~38)
1663 寛文3 北郷氏第17代忠長(ただなが)、島津氏(しまづし)の命令により「島津」を名乗る
1716 享保1 徳川吉宗(とくがわよしむね)の享保(きょうほう)の改革(~1745)
1757 宝暦7 池田貞記(いけだていき)、茶を桃園(ももぞの)天皇に献上
1778 安永7 都城島津氏(みやこのじょうしまづし)第22代久倫(ひさとも)、学問所を設置
1787 天明7 松平定信(まつだいらさだのぶ)の寛政(かんせい)の改革(~1793)
1791 寛政3 都城島津氏第22代久倫、大淀川観音瀬水路(おおよどがわかんのんぜすいろ)を開削(かいさく)させる
1798 寛政10 庄内地理志(しょうないちりし)の編さん開始
1841 天保12 水野忠邦(みずのただくに)の天保(てんぽう)の改革(~1843)
1852 嘉永5 都城島津氏第24代久本(ひさもと)、陶器(とうき)製造所(せいぞうしょ)を開く(小松原町・小松原焼窯跡(こまつばらやきかまあと))
1853 嘉永6 アメリカのペリーが浦賀(うらが)に来航(らいこう)
1862 文久2 生麦事件(なまむぎじけん)
1863 文久3 薩英戦争(さつえいせんそう)が起こり、都城からも出兵
1867 慶応3 大政奉還(たいせいほうかん)
明治 1868 明治1 戊辰戦争(ぼしんせんそう)がおこり、都城(みやこのじょう)からも出兵 戊辰戦争(~1869)
1869 明治2 都城島津氏(みやこのじょうしまづし)第26代久寛(ひさひろ)、都城の領地を返上 版籍奉還(はんせきほうかん)
1871 明治4 都城県(みやこのじょうけん)を設置、桂久武(かつらひさたけ)が都城県の参事(さんじ)となる 廃藩置県(はいはんちけん)
改置府県(かいちふけん)
1873 明治6 都城県廃止(はいし)、宮崎県(みやざきけん)となる
1876 明治9 宮崎県廃止、鹿児島県となる
1877 明治10 西南戦争(せいなんせんそう)
多数の都城島津家(みやこのじょうしまづけ)に伝来した史料が消失したが、重要な文書を写した御文書令臨(ごもんじょれいりん)から都城島津家の歴史を知ることができる
1879 明治12 早鈴大明神跡地(はやすずだいみょうじんあとち)に都城島津家の邸宅を建築
1883 明治16 諸県郡(もろかたぐん)を二分し、南諸県郡(みなみもろかたぐん)は鹿児島県、都城を含む北諸県郡(きたもろかたぐん)は宮崎県となる
1888 明治21 市制(しせい)・町村制(ちょうそんせい)公布(こうふ)
1889 明治22 宮崎県で町村制が実施され、北諸県郡内に都城町・沖水(おきみず)村・五十市(いそいち)村・志和池(しわち)村・庄内(しょうない)村・中郷(なかごう)村・山之口(やまのくち)村・高城(たかじょう)村、山田(やまだ)村、高崎(たかざき)村、三股(みまた)村の1町10村が誕生 大日本帝国憲法(だいにっぽんていこくけんぽう)の発布(はっぷ)
1891 明治24 庄内村から西岳(にしだけ)村が分村
1894 明治27 日清戦争(にっしんせんそう)(~1895)
1904 明治37 日露戦争(にちろせんそう)(~1905)
1908 明治41 都城に電話が開通する
1910 明治43 都城に電灯がつく
大正 1913 大正2 都城(みやこのじょう)に鉄道が開通する
1914 大正3 第一次世界大戦(だいいちじせかいたいせん)(~1918)
1924 大正13 1888年の市制(しせい)・町村制(ちょうそんせい)による「都城市」誕生
庄内町誕生
昭和 1931 昭和6 満州事変(まんしゅうじへん)
1934 昭和9 高城町誕生
1935 昭和10 都城(みやこのじょう)で陸軍特別大演習(りくぐんとくべつだいえんしゅう)が実施される
1936 昭和11 沖水村と五十市村が都城市と合併する
1937 昭和12 日中戦争(にっちゅうせんそう)(~1945)
1939 昭和14 第二次世界大戦(だいにじせかいたいせん)(~1945)
1940 昭和15 高崎町誕生
1941 昭和16 太平洋戦争(たいへいようせんそう)(~1945)
1945 昭和20 都城大空襲 ポツダム宣言(せんげん)を受け入れて降伏(こうふく)する
1946 昭和21 日本国憲法(にほんこくけんぽう)の発布(はっぷ)
1951 昭和26 サンフランシスコ平和条約(へいわじょうやく)を結(むす)ぶ
日米安全保障条約(にちべいあんぜんほしょうじょうやく)を結ぶ
1953 昭和28 山田町誕生
1956 昭和31 庄内町と西岳村が再合併し「荘内(しょうない)町」となる
1957 昭和32 志和池村が都城市と合併する
1964 昭和39 山之口町誕生
1965 昭和40 荘内町が都城市と合併する 日韓基本条約(にっかんきほんじょうやく)を結ぶ
1967 昭和42 中郷村が都城市と合併する
1973 昭和48 昭和天皇皇后両陛下(しょうわてんのうこうごうりょうへいか)が都城島津邸(みやこのじょうしまづてい)に宿泊(写真は現在の様子)
1978 昭和53 日中平和友好条約(にっちゅうへいわゆうこうじょうやく)を結ぶ
平成 1990 平成2 関之尾(せきのお)滝(たき)が「日本の滝百選」に認定
2004 平成16 都城(みやこのじょう)島津家伝来史料(しまづけでんらいしりょう)が都城市へ寄贈(きそう)される
2006 平成18 都城市・山之口町・高城町・山田町・高崎町が合併し、新「都城市」が誕生
都城島津氏第28代当主・島津久厚(ひさあつ)氏に新市(しんし)初(はつ)の名誉(めいよ)市民(しみん)の称号(しょうごう)が贈呈(ぞうてい)される
2010 平成22 口蹄疫(こうていえき)が発生
博物館「都城島津邸(みやこのじょうしまづてい)」が開館(写真は現在の様子)
2011 平成23 新燃岳(しんもえだけ)が噴火 東日本大震災(ひがしにほんだいしんさい)
2016 平成28 初めてのふるさと納税(のうぜい)日本一
※2025年までに5度(ど)の日本一
令和 2020 令和2 新型(しんがた)コロナウイルス感染症緊急事態宣言(かんせんしょうきんきゅうじたいせんげん)
2021 令和3 東京オリンピック2020開催
2025 令和7 都城(みやこのじょう)志布志(しぶし)道路(どうろ)が全線(ぜんせん)開通(かいつう)
千葉(ちば)ロッテマリーンズの1軍(ぐん)春季(しゅんき)キャンプ初開催(はつかいさい)が決定(けってい)
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