ビューア該当ページ

御料林

767 ~ 768 / 1047ページ
 二十三年、北海道における大国有林のうち、その半ばにおよぶ約二〇〇万町歩が皇室財産である御料林に編入されることになった。札幌周辺でも同年、豊平川上流右岸地帯の定山渓、簾舞、月寒村等にまたがって御料林が設定された。その面積は、帝室林野局札幌出張所の分担区域六〇〇〇町歩余におよんだというから決して少なくはなかった(簾舞沿革志考)。うち定山渓御料林は、同年三〇〇町歩を山火事で焼失している。また二十五年には御料林のうち薄別、白井川、札幌の三御料地の林木年期特売を許可した(北海道林業発展史)。やがて二十七年、道内の御料林移管予定面積二〇〇万町歩は「拓殖事業を妨ぐるおそれあり」との世論により、一三七万町歩が返還されたが、札幌郡の場合表24でみる限りあまり変化はなかったようである。
 日清戦争後、移民の北海道流入にもとづいて次第に未開地の貸下・払下にも支障をきたしてきた。このため、三十一年には北海道御料地内農業地貸下規程を定め、貸下を許可した。三十三年以降簾舞に御料地内小作地(御料農場)が出現したのはこのためである。