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新聞小説

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 この時期、まだ本格的な文学運動というほどのものは札幌になかったようである。小説についてみれば、札幌農学校予科生徒によって結成された学芸会の機関誌『蕙林』第五号(明治二十六年四月発行)から第七号に、鼓山人の名で小説「西海の嵐」が連載されたり、北海禁酒会機関誌『護国之楯』に、禁酒の趣旨を小説ふうに記したものなどが知られている程度である。しかし、二十年十月に創刊された日刊新聞『北海道毎日新聞』(以下『道毎日』と略)は、発刊の月から小説の連載を始めており、三十二年までのものを示せば表29のとおりである。
表-29 北海道毎日新聞連載小説一覧(明治20~32年)
No.タイトル作者連載期間回数備考
01天爵あきのねざめ混々生偶抄20.10.20~11.1511
02汽車の来るまで(20.12.13)~12.17?12.12以前欠号
03南北御国の架はし北海狂生自記21.1.21~5.2928
04ファンタジー
夢ならぬ夢
ナタニエル・ホーソン著
湘川漁史譚
21.10.2~10.54
05踏険21.10.9~11.2740途中欠号あり
06悍美人21.11.28~12.57
07貞夫人21.12.6~12.148
08短冊金衣散史草21.12.15~12.205
09快活夫人21.12.22~12.297
1022.1.12~1.186
11雪窓漫筆22.4.13~4.249
12画美人22.5.18~5.2910
13秋江女史22.5.30~6.2016
14雪月花紅涙散史22.6.21~7.610
15小児(みなしご)豈好生22.9.6~9.126西洋小説の翻案
16仁恵義俠 明治小万枯骨道人稿22.10.3~10.2720
17水の月弦斎居士22.11.1~12.2942
18恋愛の情晩晴楼流外稿23.1.4~2.2643
19美人の復讎東京 苔の屋主人23.2.27~3.2725
20玉の光蘭渓主人稿23.3.28~(3.29)?3.29以降欠号
21二人娘橘園主人稿24.1.4~3.729
22千代八千代売茶園秋人著(24.1.7)~2.2513欠号あり
23北の都弓廼舎主人24.3.11~4.820
24喜哀りか子24.4.181よみきり
25春気の所業事 三人役者春困情子24.4.22~4.243
26ぬれ扇九二菴主人24.4.25~6.1030
27万歳みどり24.4.291
28はだか美人みどり24.5.19~5.212
29恋将軍24.6.11~8.1432
30破錦信の屋曲水稿24.6.12~8.1322
31野武士24.8.15~10.840
32夜叉丸24.10.10~12.1236
33誰ぞ24.12.5~12.114
34稲葉の風如是庵(25.1.15)~3.1345欠号あり
35薄氷(うすちか)浪華 八郎兵衛稿25.2.21~(3.31)?4.8~9.末欠号
36蝦夷錦如是庵主人著25.3.16~(4.7)?4.8~9.末欠号
37假面漢(にせもの)影法師稿25.10.2~(11.23)?4.8~9.末欠号
38事件 恋の木枯風艶種記者数名の合作25.11.1~(11.25)?4.8~9.末欠号
39行末吉田蓉雪26.1.5~1.73
40孤児(みなしご)影法師26.1.8~2.2435
41万里天三郎東京 小天地楼稿26.3.5~3.1912
42恋無常東都 春亭主人26.3.30~(4.2)?欠号あり
43探偵小説 緑の宝石東京 春片子(26.9.14)?9.14前後欠号
44神経 芒の露浪華 梅亭主人(26.11.26)~12.335
45二人嬬作者不知26.12.6~2.635
46探偵小説 三変化東京 風片生27.2.7~(2・23)?欠号あり
47対鶴白羽鏑浪華 北の家みどり著(27.5.24)~(6.3)?欠号あり
48密猟船東京 古鮫窟翻案(27.7.27)?7.27前後欠号
49真葛仇討浪花 北の家主人(27.10.6)~12.1450欠号あり
50小説 屠龍郡(しなせいばつ)旭将軍手記27.10.10~(11.2)?欠号あり
51初だよりせいくわ28.1.51
52梅が香松江鱸28.1.51
53宇宙美人小阿28.1.51
54北溟鯤狷堂野史(士)立案
小石居士執筆
28.1.5~6.1470欠号あり
55新浦島乙羽子閲 落花生作28.6.12~(9.4)?欠号あり
56貧民俱楽部乙羽生 鏡花子合作28.7.12~(8.28)?欠号あり
57大自在力不知庵主人述(28.10.1)~12.764
58大復讎不知庵主人述29.1.24~3.2515大自在力改題
59甲賀孫兵衛小石居士29.3.17~3.204
60花くらべ仰天子29.3.26~5.2040
61紳士の別荘春の舎主人29.4.251
62熱海の温泉春の舎主人29.7.101
63新説 織分縞江見水蔭29.8.30~9.2718
64不動のお蝶まきの家主人29.10.17~12.2950
65黄金の短冊まきの家主人30.2.17~(4.30)?5.欠号
66大悪魔探偵長 藍澤八千夫著
医学博士 綿貫澹曳譚
30.4.21~7.10575.欠号
67松前合戦梨雪堂30.7.11~10.370欠号あり
68梅の露槙の家主人30.10.5~12.266311.欠号
69鬼黒鍬梨雪堂(30.12.1)~(2.5)?欠号あり
70獅子舞重の舎居士31.1.121
71娘一代尾崎紅葉閲
得田秋聲著
(31.2.10)~(3.2)?欠号あり
72花山院少将梨雪堂31.5.12~8.270
73食わせもの吾葉31.6.2~(8.28)70
74犬笠丸半酔散人31.8.3~11.1662
75浪華大長者東京 白龍軒主人稿31.11.17~4.2078
76重ね妻苔園主人31.11.29~2.1160
77追羽子大橋乙羽・田村松魚合作32.1.51
78目出た盡し梨雪堂主人32.1.51
78滑稽 嫁えらび東京 恃心居士32.1.51
80玉藻実記太平楼主人32.2.14~4.1650
81日本晴東京 太平楼主人32.1.51
82猪慈善鶯洞32.1.51
83春子姫重の舎32.2.252
84朧ざくら重の舎主人32.4.141
85烈婦松代苔園居士32.4.25~7.1460欠号あり
86短篇小説 一人比丘尼百千しづ子32.7.15~7.164
87兄の行方太平楼主人32.7.18~9.2942
88すす拂くずのうら葉述32.12.211
89津軽再興記梨雪堂32.10.13~1.2179
1.『北海道毎日新聞』本紙より作成(付録分省略)。2.連載期間欄の( )は確認された最初あるいは最終の日付を示す。

 今のところこの表に関して詳細な考察を行う余裕がないので今後にゆずり、気のついた点若干を指摘するに止めたい。
 まず作者は東京、大阪方面および札幌を含めた道内の双方であったと思われる。二十一年一月連載開始の「南北御国の架はし」の作者「北海狂生自記」は名のとおり北海道に縁の深い人物であろうし、二十八年一月連載開始の「北溟鯤」の立案者「狷堂野史」は、『道毎日』記者をつとめた著名なジャーナリスト久松義典である。一方、作者名の頭首に「東京」、「浪華」と記されたものも多く、それ以外でも二十八年十月連載開始の二つの作品の述者「不知庵」は内田魯庵の別号であるし、三十一年の得田秋声は、当時徳田秋声が尾崎の門下に入っていたこと、および別号を得田麻水とも称したので、徳田秋声と考えてよい。
 もう一つ、この時期『道毎日』で注目すべきは、懸賞小説の募集であろう。すなわち同新聞は二十年十月二十三日付で「懸賞小説募集広告」を掲載し、募集した小説のうち「優美ノモノ五篇乃至七篇ヲ」掲載し、さらに読者の「投票」によって優劣を定めて賞金等を与える企画を立て、公表した。同年七月六日付新聞に投票用紙が折り込まれ、投票数二五九票であったが、その順位も含めて表示すれば表30のとおりである。
表-30 懸賞小説一覧(北海道毎日新聞)
タイトル作者連載期間回数備考
遭難奇事独嘯庵江涯21. 2. 1~2.1611第一等
遊歩のちまた函館 碌々居士稿21. 2.16~3. 320
破窓の夢有珠 熟睡子稿21. 3. 4~3.188第二等
暗日月雪のやしろし21. 3.23~4.1512
千島の曙光氷洋漁客戯稿21. 4.17~ 5.1110第三等
木上金令飛脚生稿21. 5.12~7. 614
許嫁の縁秋月すミ子21. 6.21~7. 512欠号あり

 このうち、最後の「許嫁の縁」は「懸賞小説」のタイトルを欠くが、選外である可能性もあり、少なくともこれに触発されて投稿した可能性が高いので、一応これに含めた。
 この「許嫁の縁」の作者秋月すミ子は、札幌農学校一期生で、同校教官となった大島正健の妻大島千代のペンネームである。以下西田秀子「近代女流文学の台頭 札幌の大島千代」(札幌の歴史二〇)によってごく簡単に記述したい。
 大島千代は、土建業者でのちクリスチャンとなった平野弥十郎の娘で、青山女学院の前身である東京の海岸女学校で学び、十六年に大島と結婚した。「許嫁の縁」は親同志が決めた結婚、すなわち「許嫁制」批判を含みつつハッピー・エンドで終わる物語であるが、この小説は『女学雑誌』によってその存在を紹介され、さらに山田美妙、二葉亭四迷らによる雑誌『都の花』に掲載され、広く紹介された。一応それだけの価値を認められたというべきであろう。
 このように、本格的な文学運動にはまだ遠いとはいえ、札幌にも少数ながら文学の創造に手を染める者もあらわれ、次の巻の時代には、北海道の自然的社会的風土を見据えた文学運動が展開されるようになっていった。