[解説]

信州浅間焼之事
小諸市古文書調査室 斎藤洋一

 本書「信州浅間焼之事」は、上田市立図書館花月文庫の一冊である。花月文庫は、元は第十九銀行(後に第六十三銀行と合併して八十二銀行となる)の頭取などを務めた飯島保作(花月)の蔵書だから、本書は飯島が収集したものであろう。
 表紙の題箋に「信州浅間焼之事」と記されているので、題としたが、一般的には「文月浅間記」として知られているものの、写本の一種である。
 天明三年(一七八三)の浅間山噴火に関する史料を集成した、萩原進編『浅間山天明噴火史料集成』全五巻(群馬県文化事業振興会)には、Ⅱ巻に「文月浅間記」、Ⅲ巻に「文つきの記」、Ⅴ巻に「信州浅間焼」「文月浅間記」「浅間の消息」と題された五種類の写本が掲載されている。また、児玉幸多ほか編『天明三年浅間山噴火史料集』上巻(東京大学出版会)には、「七月の記」と題された写本が掲載されている。
 『浅間山天明噴火史料集成』の編者である萩原進は、Ⅱ巻の「文月浅間記」の解説で「『文月浅間記』は高崎の俳人羽鳥一紅(享保九-寛政七)という女流俳人の筆である。この一文が発表されるや江戸でその評価が高まり、争って写されもてはやされた。そのため写本が各地に遺されている。旧上野帝国図書館本は「信州浅間焼」としているし、内閣文庫本は『上毛志料』の中に収められている。(群馬)県内では、旧群馬県女子師範学校郷土資料室をはじめ十点余の流布本がある」と述べている(二九八頁)。多数の写本があり、題もまちまちであることが分かる。また、写本によって字句が多少異なっている。写す過程で誤ったものと思われる。
 著者の羽鳥一紅(一七二四~九五)は、『新編高崎市史 通史編3 近世』(高崎市)によれば、下仁田町(甘楽郡下仁田町)の石井治兵衛の二女で、長じて高崎田町の商家羽鳥勘右衛門(絹問屋)に嫁いだ。夫は麦舟という号を持つ「名俳」で、「一紅は建部涼袋に学び、夫麦舟とともに高崎における吸露庵系俳諧の中心にあ」ったという。つまり一紅は、女性俳人として知られた人であったが、一紅をさらに有名にしたのが、「文月浅間記」の執筆であった。右の『高崎市史』は、「散文不毛な上州にあって、一紅の文章は流麗かつ巧みにして天明三年(一七八三)浅間焼けの惨状を描いた『文月浅間記』は大いに評判となり世に愛読伝写され、才媛一紅の名を不朽のものとした」と述べている(六八七-八八頁)。
 本書「信州浅間焼之事」(「文月浅間記」)を読むと、「大いに評判」になった理由がわかる気がする。「流麗かつ巧み」な文章なので、古文を読むのになれない我々には意味が取りにくいところがあるが、よく読むと、一紅が実際に体験した噴火と被災の様子、前橋で噴火と被災を体験した人、および川原湯で噴火と被災を体験した人から聞いた話によって本文は構成されている。つまり一紅が実際に体験したことと、体験した人から聞いたことが、ここにはくわしく記されているので、臨場感あふれる記録となっている。たしかに本書は、高崎やその周辺における浅間山の噴火と被災の様子、とりわけ利根川を流されて行く人々の様子などを、リアルに伝える貴重な史料といえよう。