◎実験談

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          通常会員  中 村 茂(注20)
私は林業に志してから至て日が浅いのでありますから、林業上の学識は勿論の事経験も皆無の事ですから迚(とて)も林業上の事には嘴(くちばし)が出ませんが、茲に校友会報の余白を借りまして聊(いささ)か述べやうと思ふのは実験に係る事、即ちが扁柏(ヒノキ)を忌むと云ふ事を申述
 
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べんと思います。乍併(しかしながら)学理的の試験をした訳でありません。唯事実上の御話であります。夫(そ)れですから学理に照して相違の点がありましたら、校友諸君の御教示を仰ぎます。
1、の種類 は何人も知る如(ごと)く人身を苦める処の害虫であります。なるものは雌雄の二種ありまして人類を食害するは雌ありまして、雄は決して人類に害をなさぬものであると云ふ事は動物学者の唱ふる処でありますが、雌は動物の血液を吸収して生活を致すと云ふことであります。然(しか)らば雄は如何(いか)にして生活をするかと云ふに、雄は植物体の分を吸収して生活を完(まつと)ふするのであります。而して(人類被害の主なるものは)雌は直接に動物の血液を吸収して生活を営むものでありますから、人類を食害し苦痛を与へる事は言を俟(ま)たないのであります。加之(しかのみならず)一種最も恐る可(べ)き害を人類に及ぼすものです。即ち伝染病の媒介をする事でありますが、元来なるものは人類の健否を問はず噛み付くものでありますから、罹病(りびょう:病気にかかる)者の血液をも遠慮なく吸収して去り、再び無病健全のものに吸ひ付く事があります。此場合に彼の恐るべき伝染病の病源は健全者の体躯を襲ふのであります。斯くの如(ごと)くして伝染病の媒介をなし、吾々人類に害を及ぼす事は尠少(せんしょう:極めて少ないこと)のものでありません。実には恐るべき害虫の親玉であります。
2、行はれつゝある駆除法及び予防法 斯の害虫を駆除する為には薬品を穢渟池(わいすいていち:汚れたがたまっている池)に流して撲殺する事が尤(もっとも)も多く行はれて居ります。又予防法は種々ありまして第一誰も知る帳(かや)或は駆除菊なる植物を焼き、或は鋸屑を燻(いぶ)し、或は杉葉を燻(も)やし香を燃す等種々の方法が行はれて居りますが、沢山の棲息する地方では彼の帳なるものも十分の効がありません。従て他の燻煙法(くんえんほう:煙の出る物を燃やしていぶす方法)は其効が少ないのみならず、却(かえっ)てに食はれて苦しいよりも煙の為めに苦めらるゝ事が多く、為めに病或は呼吸器病を惹起(じゃっき:問題などをひきおこすこと)するの原因となるものでありす。まま畢竟(ひっきょう:結局)効を奏する事が少くあります。然(しか)るに私が実験を致しました予防法がありますから以下之を述べやうと思ひます。其予防法たる矢張(やはり)一の燻煙法でありますが、抑(そもそ)も此燻煙の原料は木曽の五木として広く天下に名声を轟(とどろか)し
 
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つゝある処(ところ)の扁柏(ヒノキ)の小枝葉を燻やすものであります。扁柏樹なるものは御承知の通り好香を放つものでありまして、燻煙するも此木の特性として矢張り好香を煙と共に放つものであります。然(しか)るに彼のなる動物は至つて扁柏樹の煙香を忌むものであります。夫(そ)れ故に夕景に室内を密閉して十分扁柏の小枝葉を燻やし置く時は、縦令(たとい)室内を開放するも容易に香気が去らぬものですからの進入する事がありません。
尚(なお)扁柏燻煙法実験の結果、及び帝国中の最も多き地方人民の迷信等を申しのべようと思ひます。 (以下次号)