実習便り

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          奈  留  瀬(注59)
本年の季植樹実習は4月7日から開始された。今年も矢張(やは)り朝2時間授業の後、実習に従事することになつて居たが、教科書不揃(ふぞろい)の為め当分朝、即ち午前8時から取掛ることになつた。例によつて冬服、夏服、鳥打帽、帽、桿製帽とスタイルは千差万別であつたが、皆一様に草鞋(わらじ)脚胖に身を固め、手に手に利鎌(とがま:よく切れる鎌)を提さげて、先(まず)第一に裏山演習林入口道下の刈払から着手した。久し振りの実習、誠に面白くて仕事は仲々捗(はかど)つた。2日間にて刈払ひ、2日間にて落葉(カラマツ)と欅(ケヤキ)とを植付けて、13日から昨年度以来刈払のマクリに掛つた。今年は立派な林道が設けられたので登るには非常に楽であつたが、土地は昨年に比して嶮岨であつた。マクリは実習中、吾々の最も愉快とする処(ところ)である。断崖絶壁に立つて黒川の清流を下に眺め、駒ヶ岳(注60)の白峰を天空に仰ぎて、ヨイショヨイショの掛声勇ましくマクリ棒にを籠めると、縦横に交錯した刈籔は忽(たちま)ちからまつて一団となり、猛然として谷間に崩れ落ちるのである。さうしてヘナヘナの空腹を鬱蒼とした五木の影に横たへて、例の丸メンパ(注61)の蓋(ふた)をはねる刹那の快は、実に言ふに言はれないのである。恐らく此快は我等ならでは知り得ない所であろう。快なる哉(かな)マクリ、壮なる哉マクリ!
15日は40余名の新入生諸君を迎へたので急に賑やかに成つた。中にはまだ乳の香の抜けない様な君が大分あつて山を四ッ這(ばい)
 
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になつてやつと弁当持の任務を果したないど、滑稽ながらも又気の毒であつた。而(しか)して21日迄に全部扁柏(ヒノキ)の植栽を終へた。翌日から新校舎地(注62)の苗圃へ檜苗の移植、24日から愈(いよいよ)2時間授業実施され、27日から実習中の一大事業たる播種に取掛つた。之は各組の分担事業であるから自然競争を生じ、各々負けじ劣らじと非常に熱心に遣(や)つたので殆(ほと)んど理想的に行つた。組長諸君が顏を顰(しか)めながら臭い肥桶(こえおけ)を担つて来て施肥されたのは滑稽であつたが、又組として嬉しかつた。播き付けた樹種は扁柏、椹(サワラ)、杉、落葉及欅、漆、ヒメコ、金(コウヤマキ)等10余種3日間にて播種を終へ、それから杉苗の移植を行なひ、5月1日新校舎及寄宿舎の周囲に防風兼風致用としての大苗を植え付けた。而して実習は之で千秋楽を告げたのである。此日は中央線が全通する。新築校舎の雨天体操場が1棟建つ。愈以(もっ)て目出度(めでた)い日である。
2日は中央線全通祝賀会があるので実習慰労旁(かたがた)臨時休暇となつた。で朝から停車場へ出掛けて賑やかな祝賀会に今迄の労を忘れてしまつた。3日から又授業が始まると思つて居ると又実習だと言ふ。夫(それ)は当町小野某氏から中畑の材木跡地に檜・杉の植付を依托されたとのこと。我等の手並此(この)所ぞ、と手に唾つけて一生懸命に奧の手出して植付けた。檜・杉合せて約1万本、2日間に植付けた。実習も今日を以て全く千秋楽を告げたのである。翌日から黒いくろい丸(まる)で印度(インド)人然たる顏が幾つもいくつも教室に列べられた。