清国市場視察と昆布諮問会

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 こうした事態に対処するため、20年9月、北海道庁は、清国内の昆布市況視察のため、根室支庁の勧業課赤壁二郎、函館の北海道共同商会会頭遠藤吉平、厚岸昆布業経営者鹿島万兵衛らを清国に派遣した。翌年帰国した視察団は復命書をまとめ道庁に提出しているが、その中で清国における昆布取引の実情と、昆布貿易不振の理由について述べ、その対策として、一手販売(共同販売)の必要性を建議している。
 復命書によれば、近年の昆布生産と輸出の状況について、「生産経済ノ未ダ尽サザル運賃ノ未デ廉ナラザル売買手段ノ未ダ至ラザル貨物本位ノ未ダ精良ナラザル等種々ノ原因アルベシト雖モ、主トシテ近来貨物ノ多岐ニ散スルニ依ラズンバアラズ。蓋シ現在上海十余戸ノ同業アリテ各区々若干ノ貨物ヲ取扱フノミナラズ、邦人或ハ千石或ハ三五百石、時ト機トヲ問ハズ各自ノ便宜トスル所ニ随ヒ、時々之ヲ輸出シテ販売是競争フノ有様ニシテ、操縦集散、其宜ニ処シテ商況ノ維持ヲ謀ルニ遑ナク、所謂売崩シ又買崩サレ遂ニ今日ノ如ク衰退ヲ来スニ至レリ」(同掲「昆布ニ関スル復命書」)と述べ、昆布市況不振の原因を清国、我が国商人の過当競争、乱売にあることを指摘している。
 そして、このような状況を打開するには、第一に競売の弊害を取除くこと、第二に製造原価の低減を図ること、第三に運賃及び売買に関する費用ヲ節減し、第四に貨物の品位を高めることが必要であり、その具体的方策として、産地における昆布の一元集荷を図るための生産者による組合連合を組織し、同時に昆布の直輸出と販売業務を担当する特約会社を設けて、昆布の流通過程を一本化し、清国商人の支配を排除して市況の回復を図ろうとするものであった。
 昆布生産者の連合組織については、まず産地ごとに昆布生産者の組合をつくり、これら組合の連合体を組織し、一定の規約の下に共同販売を実施すること、昆布の値建ては組合単位で行い、生産者による価格差を設けず同一価格によって販売すること、各組合の組合員は出来るだけ特約会社の株主となること、ほかには、組合の業務として資材の共同購入、漁夫の雇用方法の改善、製品の改良、海産干場の合理的利用などがあげられている。
 つぎに昆布の荷受、直販機関としての特約会社については、社の業務は清国向けの昆布輸出に限られること(ただし、刻昆布の国内移出は除く)、昆布事業に対して最低50万円の資本金を準備し会社役員の若干名は官選とすること、純益が1割5分以上の場合、その半額は生産者に還元することなどの構想が示されている。
 そして、この特約会社と先の昆布生産者組合との関係については、毎年4、5月に特約会社と組合代表が集まり、その年に出荷が予定される昆布の価格と荷の受渡しについて協議決定し、特約会社は組合に対し前渡金として見込み出荷額の6割を前貸しするというもので、従来海産商が行っていた仕込み金融を代行する役割も担うこととした。
 このように清国視察団による復命書の内容は、いわば、生産者本位の販売対策ともいうべきもので、復命書の取り纏めに当たった3者の意見は、必ずしも一致していなかったようである。
 たとえば、視察団の一員として参加した函館の遠藤は、生産者による一手販売については是認しつつも、清国向け輸出の拠点になってきた函館の地位を維持するため、昆布取引は、従来通り、函館の海産商に委ねるべきであるという見解をもっていた(21年5月16、17日「函新」)。これは、従来の取引実績を確保しようとする商人側の意見ということになろう。
 これに対し、厚岸昆布の経営に当たる鹿島は、単に昆布の一手集荷のみをとりあげ、生産者に対する営業資金の手当について触れていない遠藤の意見には批判的で、一元集荷と直輸出により、直接産地から上海まで輸出することが可能ならば中間の流通経費の節減により、生産者の利益が大きいことを主張している。いうまでもなく、生産者側の意見を代弁しているのである(鹿島万兵衛「昆布販売顛末」『根室市史』史料編)。
 ともあれ、北海道庁は、この復命書に基づき、昆布の対清輸出貿易の振興策の検討に入るが、21年10月、根室、日高、胆振、渡島6地区の生産者代表17名を札幌に集め、「昆布諮問会」を開催した。この会合には、道庁側からは、永山長官をはじめ9名と、説明員として清国視察の遠藤吉平、鹿島万兵衛が参加したほか、オブザーバーとして函館の海産物商を代表して工藤弥兵衛と平出喜三郎が出席した。
 会に対する諮問事項は「昆布販売を一手に出さしむるの可否若し可なりとせば其方策如何」というものであり、審議は復命書の内容に沿って進められた。諮問会では、生産者組合の一手販売については合意が得られたものの、連合組合と特約会社との契約関係の問題は、生産者に及ぼす影響が大きく、生産者組合が目的を達成し得るか否かは、かかって会社の経営如何にかかわる問題であり、対応する組合の基礎が固まっていない状況の下では、道庁側の判断と十分な指導を希望する旨の答申をまとめ、併せて将来設立される販売会社に対する助成(資本金の5パーセントを5年間支給すること)を請願する建議を決めて散会した。
 この諮問会には、前述のようにオブザーバーとして函館の海産物商平出、工藤らが出席していたが、席上、平出は「今回ノ事ハ(函館の海産物商にとって-筆者)一大事件ニシテ且ツ出産人カ函館商人ヨリ借受ケタル金ハ凡ソ十万円アリ(中略)。若シ此会社出来シ上ハ(中略)、前ニ借受ケタル金ヲ返済セザルベシ(中略)。是レマテ各出産人ヘ函館商人ヨリ貸シ渡シタル金ハ多キハ一家一万四五千円、少キモ三四十円モアリ云々」(羽原又吉『支那輸出日本昆布業資本主義史』)と発言し、それまで産地の生産者に渡してきた仕込み資金の回収が困難になることに対する懸念を表明している。この発言は、特約会社の清国向け直輸出によって、昆布の集散、ないしは輸出の中継基地としての経済的基盤が喪失することに対する函館経済界の危機感の反映ともみられるのである。