家印

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 東遊記に、天明三、四年(一七八三・一七八四)の江差・松前の生活が記されている。「緋網はさし網なり。(略)八、九寸四方なる板に家々の印を木に刻み是をたててうけとなし、又印となす。数十艘の船混乱する時、此印(このしるし)をたづねて面々の網を引上げるなり。(略)印は利剣、蔵の鎰、草木の形、家々の印あり。船栧(かい)、あば板、もっこう、漁猟に遣う品、家の印、所書(ところがき)、姓名文字にしるしてまぎれざる様にす。」

竜宮庵の什器箱に記された屋号


竜宮庵の什器箱に記された屋号

 
 ここにいうのはすべて家印である。武家の家紋と同じである。
一般に単純な記号を組合わせ、その家の印としたもので、この印を屋号と呼ぶ人が多い。
 弘化二年(一八四五)八月、カカリ澗村にまった松浦武四郎は、「此村も、松前、箱館辺にならひて、其家名を呼ばで印(しるし)をもって通用とする也」と記している。
 渡島、桧山の古い町や村には、まだまだ家印が日常一般に使われている。南茅部町では名字のところで触れたように、小さな地域に同姓が多いことが稀ではないので、家印(屋号)で呼び合うことが多い。
 家印(屋号)は普通、漢字・漢数字・平がな・片カナと記号を組み合わせて作られたものが多い。
 その読み方(読ませ方)は、まさに庶民の知恵として軽妙、洒脱なものが多い。

竜宮庵の什器箱に記された屋号


竜宮庵の什器箱に記された屋号

 例を挙げると、記号○(まる) 〓(かね) 〓(やま) ×(ちがい)(チゲともいう) □(かく) 〓(ます)
〓(だきやま) 〓(やまやま) 〓(ちげやま) 〓(きりやま) ・(ほし) ー(ぼう) 〓(うろこ) 〓(りょうご)(〓) 〓(いちぜん) 〆(しめ)(〓)工(かせ) 〓(いげた)
 この記号と文字を組合わせて、〓(まるいち) 〓(やまじゅう) 〓(ちげさん) 〓(きゅうまる) 〓(まるて)〓(いちなか) 〓(かくい) 〓(いちぜんき) 〓(いれかせ) 〓(わちがい) 〓(みつわ) 〓(またきゅう) 〓(ほしに)読む。
 読み順は、上下の組合わせは上から下へ読む。〓(いちやまじゅう)
 左右の組合せは左から右へ読んでいく。〓(きと)
 ○や□で囲んでいるものは、外を読んでから中を読む。〓(まるご)
 大体において大(だい)とか久(きゅう)、百(ひゃく)、千(せん)・万(まん)なども好んで使われる。いわゆる縁起のよいものが選ばれる。
 家の印(しるし)に使われるこれらの記号は、より単純、簡潔に自他ともに認識できるかが目的であるので、家紋と同形のものもあるが、美術的に図案化されていった家紋とはその性質は似ているが異なるものがある。
 商家の暖簾や道具類などに家印は必要なものとして早くから発達していた。そして蝦夷地での和人の生活にも用いられていたものである。漁家だけでなく、大野町のような農家でも家印が用いられていた。
 近年、家印の慣習を知らない新聞記者が、南茅部町で用いられている家印に興味をもち、取材して記事になった。

昔の知恵 いま悩みのタネ

 記事の内容は「同姓の多い南茅部町・じゅ文まがいの屋号」。
 「分家ふえ珍妙複雑」、「昔の知恵いま悩みのタネ」という見出しであった。取材の内容をデスクが変えた(強調した)のかもしれないが、家印(屋号)の慣習は南茅部だけではなく、北海道だけでもない。全国のデパートや商標などにも使われていて、現代の社会生活にもその役割を果たしているのに、どうしてこんな記事の扱いになったのか不思議である。むしろ、南茅部に今でも生きている名字としての家印(屋号)の通用が、家印を使った体験のない新聞記者には奇異に感じた結果だったのだろう。それにしても「じゅ文まがい」とか「いま悩みのタネ」という見方は、急に飛び込んできた新聞記者が唐突さに戸惑っただけで、南茅部では悩みどころか、今日でも家々を立ちどころに見分けたり呼び当てる最も有効な呼称として用いられているものであることを見極めることができないまま記事になってしまったのは残念である。
 
茅部の屋号・家印に多く用いられている文字や記号
尾札部・古部・木直・川汲
 ローマ字
  S A K
 漢数字
  一 二 三 五 六 七 八 十 百 千 万
 カタカナ
  キ イ サ カ ト ヨ セ ト コ ワ マ リ ソ ヤ ノ モ テ ヲ タ ス ツ ウ
 ひらがな
  み は の
 漢 字
  又 松 忠 正 吉 伊 広 富 平 信 北 海 丁 久 泉 田 栄 本 由 友 中 金 与 治 丸 川 山 中 井 上 保 大 正 竹 小 定 岩 作 由 入 石 水 美 利 福 元 玉 加 亀 春 林 米 函 森 光 国 幸 初 谷 村 義 和 高 日 新 章 政 芳 建 住 徳 尾 直 札 京 留 王 寸 政 勝 杉 良 宮 清 夫 仙 喜 長 太 善 塚 条 西 星 貢 克 半 木 立 敏 弘 芳
 
臼尻  安浦・大船・ビロ・磯谷
 漢数字
  一 二 三 五 六 七 八 十 百 千 万
 カタカナ
  ノ ケ ン ト ス カ リ ヨ サ コ ソ タ ス ツ エ キ ウ ワ ヤ ヒ チ セ オ イ モ
 ひらがな
  お の を ふ く み て は さ き
 漢 字
  友 小 天 留 井 作 又 久 大 吉 入 上 田 与 王 徳 杉 竹 米 善 高 金 星 中 村 由 亀 丁 元 泉 北 玉 西 宮 政 住 浜 伸 甲 安 京 本 内 健 木 仙 正 幸 寸 丸 佐 〓 川 福 野 市 米 山 正 好 石 叶 信 長 太 森 新 林 勇 広 富 村 成 豊 宗 石 時 砂 美 栄 光 切 太 平 本 加 寿 仁 勝 越 新 彦 光 長 岩 生