百沢寺(ひゃくたくじ)は、岩木山三所大権現の下居宮(おりいのみや)(現岩木山(いわきやま)神社)の別当であった。為信が慶長六年(一六〇一)、下居宮を再建して四〇〇石を寄進し塔頭宝積坊・西福坊・山本坊・福寿坊・南泉坊・円林坊・東林坊・万福坊・徳蔵坊を配し、各一六石を、神主安倍氏には一〇石を与えた。信枚は、山門を建立して十一面観音と五百羅漢を安置した(「津軽一統志」)。
明治四年(一八七一)、別当は廃止となり、一二支院とともに廃寺となった。この時、仏像は長勝寺と専称院(現南津軽郡大鰐町)へ移された。