町年寄

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 年寄が名主の上席につくようになったのは、享和3(1803)年蛯子七左衛門白鳥新十郎がこの役に任じられてからのことであったようである。彼らは店役等を上納する収納方元締を兼務するものであった。町年寄はこの時代は2名で、奉行所の辞令によって任免し、苗字帯刀を許され、肩衣(かたぎぬ)、袴を着し、勤務中、店役家役人別銭四半敷(以上租税)・坪割銭祭礼銭等(以上町費)を免除される。その職務は奉行所の指揮監督を受け、法令を市中に頒布する事、市中取締向等に関し触書を出す事、市民の願届に奥印をする事、戸籍に関する事、旅人を改める事、地所売買の証書に裏印を押す事、諸営業人取締の事、民事訴訟勧解の事、道路修繕及び掃除の事、駅逓に関する事、篤行者及び80歳以上の者並びに鰥寡孤独(かんかこどく)の賑恤を具状する事、あるいは租税を取立て上納する事など町政に関する事務をつかさどるものとした。