一方、常野与兵衛以下を起用することにより町財政の不透明部分の洗い出しに成功した函館支庁は、支庁の監督下に自主管理できる町政の実現を模索していた。また政府は、明治9年10月17日に「金穀公借共有物取扱土木起功規則」を布告(第130号)していた。この規則は、戸籍法施行のために生まれた区戸長制が、旧慣の自治的要素を無視する方向に進んで区戸長の独断専行による弊害が全国各地で顕現化したため、町村の金穀公借、共有の地所建物等の売買、土木の起工について「正副区戸長並ニ其町村内不動産所有者六分以上之レニ連印スルヲ要ス」と、町村の財産的行為に関して区戸長の権限に制限を加える規則であった。この規則を尊重していた函館支庁では、「不動産所有者六分以上之レニ連印」を必要としたために逆に学校設立などの公共事業を行う際にはより事務が繁雑になるという弊害も生じていた。この弊害を是正するため函館支庁は、この規則の第2条但書「右不動産所有者ヨリ其総代ヲ選ンテ之カ代理タラシムルハ其都合ニ任スヘシ」とある総代人制の採用を黒田長官へ伺い出た。
区町村総代人選定ノ儀ニ付伺
従来区町村総代ノ設ケ無之処、明治九年十月第百三十号公布ノ趣モ有之、学校設立ヲ始、一区町村内ニ係ル事件ニハ不動産所有ノ者六分以上ノ連印ヲ要シ、之カ為メ時日ヲ遷延ス等煩擾不便少ナカラサルニ付、別紙ノ通総代人選挙方及開札手続、総代人心得書創立相成候様致度、御布達案相添此段相伺候也
明治十一年四月二十二日 函館支庁在勤
開拓権大書記官 時任為基 印
札幌本庁在勤
開拓大書記官 堀基 印 (明治十一年「長官伺録」道文蔵)
伺は函館支庁と札幌本庁の連名となっているが、札幌本庁は函館支庁の要請に応えて伺書に連印だけとする書類(明治11年「函館文移録」道文蔵)が残されているので、この伺書はまったく函館支庁主導で行われたものである。
東京出張所は即決しなかったようで、函館支庁は布達の前日に水道開設計画のため総代人制の導入は不可欠であるのでと、東京出張所へ督促書簡を出しているほどである。
総代人の選挙記録 「総代人選挙書類綴籠」より
明治11年6月25日、「金穀公借共有物取扱土木起功規則」の適用法「総代人選挙法」及び「総代人心得」が布達され、9月までに総代人を選定して管轄庁へ届出るようにとの指示が付けられた。「総代人心得」で総代人の任務は「総代人ハ九年十月第百三十号布告ニ依リ金穀公借共有物取扱土木起工等ノ事ニ預ルヲ以本務トナスト雖、時宜ニ寄人民ノ利害得失ニ関スル事ハ区務所ヨリ議スル事アルヘシ、但有志醵金ニ出テ一区一町村ノ課出ニ非ル土木起工ノ如キハ本文ノ限ニ非スト雖、一区一町村ノ利害得失ニ係レハ之ニ干預スル事ヲ得」と規定され、金殻公借・共有物売買・土木起工に連印することを本務とした。また彼ら総代人の集会は、区戸長からの諮問について協議する権限も付与され、町政に参与することとなった。総代人の被選挙資格は「総代人選挙法」で規定され、20才以上の男子であること、その町村に本籍を有すること、100円以上の地券を有すること等で、官史、教導職、区戸長町用掛は除かれ、「風癲白痴ノ者、懲戒例ニ依リ免職二年以内ノ者及除族若クハ懲役一年実決ノ者、身代限ノ処分ヲ受ケ負債ノ弁償ヲ終エサル者」も他の選挙法と同じく除かれた。選挙人資格は、20才以上の男子でその町村に本籍を有すること、不動産を所有することであった。
町総代人は1町(場合によって数町連合)から2名ずつ選出され、小区総代人は町総代人の互選により選出され、1小区2名ずつであった。
函館の公共事業を協議できる体制の誕生ということで、函館町会所は迅速に対応した。「函館新聞」に7月10日から3回にわたって、「総代人選挙法」「総代人心得」が掲載されると同時に、小区扱所において被選挙人及び選挙人の名簿作成が開始され、7月末には選挙区ごとの名簿が区務所に提出されて選挙準備が整った。
8月1日の15大区の町総代人の選挙を皮切りに次々と選挙が実施された。投票は2名連記で投票人も記名押印した。その結果表2-43の町区総代人が選出され、13日常野区長から函館支庁へ上申された。
表2-43 町区総代人名簿(明治11年8月)
小区名 | 選出町名 | 町総代人名(○印は区総代人) | ||||
14大区 | 1小区 | ☆ ☆ ☆ ☆ 常盤 仲新 芝居 天神 花谷 松蔭 富岡 愛宕 梅枝 | ○ 平田伝六 | 樋口融作 | ○ 上田武左衛門 | 佐々市三郎 |
2小区 | ☆ 山上 茶屋 片町 | ○ 広田丈吉 | 佐々木政十郎 | |||
☆ ☆ ☆ ☆ 上新 仲新 下新 芝居 神明横 | ○ 村林又右衝門 | 工藤弥三郎 | ||||
☆ ☆ ☆ 常盤 天神 坂町 船見 | 工藤富蔵 | 立花俵治 | ||||
3小区 | ☆ ☆ 鍛冶 山上 天神 | 佐々木多兵衛 | 安保定兵衝 | |||
☆ ☆ ☆ 上新 仲新 下新 元新 ☆ ☆ 船見 駒止 台町 山背泊 | ○ 東田松蔵 | 佐々木音吉 | ||||
☆ 山背泊 | ○ 北村佐兵衛 | 熊木幸右衛門 | ||||
4小区 | 相生 青柳 春日 | 村上源吉 | 伊藤五左衛門 | |||
上汐見 下汐見 南新 上大工 | 西村本次郎 | 西村和吉 | ||||
下大工 元町 会所 | ○ 小林重吉 | ○ 中村兵右衛門 | 中村右三郎 | |||
5小区 | 尻沢辺 住吉 陰町 柳町 浦町 赤石 谷地頭 | ○ 和田幸太郎 | ○ 丸山文右衛門 | |||
15大区 | 1小区 | 鰪澗 鰭横 神明 仲町 | ○ 石田四郎右衛門 | ○ 成田嘉七 | 伝法兵吉 | 小針由松 |
2小区 | 弁天 西浜 幸町 | ○ 牧田藤五郎 | 岩澗忠蔵 | ○ 脇坂平吉 | 杉野三次郎 | |
3小区 | 大黒 | ○ 植原定兵衛 | ○ 鈴木久蔵 | |||
4小区 | 大町 仲浜 | 田中正右衛門 | 佐野専左衛門 | ○ 浜時蔵 | ○ 松代良吉 | |
5小区 | 内澗 東浜 | ○ 白鳥宇兵衛 | 杉浦嘉七 | ○ 渡辺熊四郎 | 亀井勝蔵 | |
16大区 | 1小区 | ☆ 地蔵 堀江 船場 | ○ 泉藤兵衛 | ○ 亀井惣十郎 | 渡辺儀三郎 | |
恵比須 | ○ 坂井第次郎 | 内山利兵衛 | ||||
蓬莱 亀若 | 小島栄三郎 | 高田吉兵衛 | ||||
2小区 | ☆ 地蔵 蔵前 汐留 宝町 | 三浦喜助 | ○ 佐々木忠兵衛 | ○ 近江勇蔵 | ||
3小区 | 鶴岡 若松 海岸 音羽 | ○ 斉藤又右衛門 | 官野宇一郎 | ○ 槻木茂兵衛 | ||
高砂 大熊 富沢 | 間作春松 | 筒井駒吉 | ||||
4小区 | 豊川 真砂 | 池田 巳之吉 | 池田治右衛門 | |||
5小区 | 龍神 西川 | ○ 金子利吉 | 桝井善兵衛 | |||
東川 大森 | 五十嵐四郎兵衛 | 鍋谷平蔵 |
明治11年8月「総代人撰挙書類綴籠」より作成
町総代人62名(内区総代人28名)
☆印は2から3小区に分割されている町名及び選挙区分が分割されている町名