機能と業務形態

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 「貸付会所仮規則」の最初の条項に、貸付金は北海道地方から輸出する産物ならびに北海道地方へ輸入する貨物の荷為替を本旨として処分すべきであると定めている。また「貸付会所定款」第1章誓約の第1条に、開拓使庁の命を奉じ、貸付の方法を改正して将来の目的を確定し、規則を遵守し、協議尽力のうえ物産商会を隆興するために決定する条款は左の通りであると示されている。このように、貸付会所の機能は、これらの商社の運営に主体があった(『布類』下編、前掲「三井銀行と開拓使」)。
 商社というのは、貸付会社が特別の保護を与えて設立した北海道産物商会、運漕社および開通社である。北海道産物商会は貸付会所から営業資本金3万円を貸与されて設立されたもので、本道産物の委託販売が主とした業務で、かねて産物担保貸出および荷為替貸付を行なっていた。本店は東京で、大阪、函館に支店があった。明治8年6月に、8条にわたる北海道産物商会規則を制定している(『北海道金融史』)。
 運漕社は、貸付会所から営業資本10万円を貸与されて設立したが、貨物運漕および荷為替を主とした業務としている。明治6年1月、開拓使は榎本六兵衛門等に資本金10万円および汽船1艘を貸与し、保任社を創立した。業務としては、貨物運漕、荷為替貸、海上難波保険であったが、運漕社は専ら保険に関係しない貨物の運漕を取扱っていた。明治7年5月に保任社が廃止されると、のちその事務の一部を運漕社が引継いだ(『布類』下編)。
 開通社は、清国にたいする貿易機関である。函館の開港いらい、清国との貿易は次第に好況を呈するようになったが、本道の商取引は資力に乏しいので、価格を清商が一方的に左右する状態であった。開拓使は明治5年に直輸出を計画し、資本を貸与して会社を上海に設けた。これが開通社である。しかし、この会社の運営において人に恵まれず、営業が不成績のため、9年10月に開拓使は内務省勧商局と協議して広業商会を設立したので、10年5月に閉鎖を上申した。
 貸付会所定款によると貸付会所の組織は、役員の最高が頭取で、ついで副頭取が検査、出納の2課を分掌し、支配人が副頭取の指揮を受けて検査、出納の両課の事務を処理し、書記が往復の文書ならびに記録の一切のことを掌る(第2、3、4、5条)。
 貸付は一切を東京会所が管理し、役員を派遣して大阪、函館両所の事務を分掌せしめる。開拓使庁ならびに各支庁の各局課から交付された貸付元金は、すべて東京会所でこれを領収し、適宜これを区分してその幾分かを大阪、函館両所へ配与する(第10、11条)。
 貸付元金はこれを3種類に区分した。開拓使庁より交付されたものを第1類とし、8朱(1か年元金100分の8)の利子を徴収するうち、1朱を控除して積立てたものを第2類とし、会所の純益を積立てたものを第3類とした(貸付会所定款第14条)。貸付規則によれば貸付金にはすべて確実な抵当をとることとし、返済期限の約定は、抵当物によって長短があるが、動産に属するものは3か月、不動産は6か月をもって1期とした。利子は100円に付き1日2銭5厘ないし5銭と定め(第12条)、貸金の多少と抵当物によって適宜これを増減した。なお会計関係書類(明治5~8年5月までの貸付金未納者のリスト)によれば、件数141のうち沽券地の引当が最も多く、73件(51.8パーセント)を数えた(『布類』下編)。ただし『北海道金融沿革一班』および『北海道金融史』では利子が100円に付き1日3銭3厘となっている。
 ちなみに貸付会所の金子証文および為替業務の一例をあげてみれば次の通りである。
 
拝借申金子証文の事
一 金四百五拾両也  一ヶ月金二拾両也
               金一歩ノ利足
  引当
一 一歩銀四百拾九両二歩也
  一朱銀百五両二歩也
  〆 金五百二五両也
右ハ当御社中御貸付金ノ内、我等所持ノ右金子御預ケ前書ノ金子借用仕候処実正也、返済ノ義ハ右利足相加来ル十月限リ元リ共返済可仕候筈、返済日限相滞候ハバ引当ノ金子御社中御勝手次第御売捌キ元リ御引取可被下候、万一不足金相立候ハバ別段調達弁金致、聊御損モ相掛申間敷候、為後日ノ借用申金子証文仍テ如件
                          第三ノ一小区地蔵町三丁目
 明治六年                      拝借人 金子直次郎
 酉七月三十日                   第二ノ二小区弁天町三丁目
                           請人  鈴木久右衛門
 開拓使
   御貸附所
    御用達衆中

 (貸付会所の為替業務の一事例)
     為替手形ノ事
一、金二千両也 但し通用金也
右金子此度当港開拓使貸付御会所より社中へ為替取組書面の金子爰元において慥諸取申候処実正也、右代り金の義は其御地開拓使貸付会所社中へ其表において此書付引替御渡し可成下、尤右日限過候はば御定の利足差加御渡可成候、為後念為替手形依て如件
明治五申年五月朔日                 東京四日市 栖原伝助代
                           本人 天章丸 菊蔵
                              住吉丸 源右衛門
                           宿証人 田中茂吉
 金子請取主
      開拓使貸附御会所
 金子渡主 東京日本橋四日市
     栖原伝助殿
(田中家文書・文久七年~明治七年「諸用留」)

 
 しかし、貸付会所は北海道の金融に関する主要な機関であったが、明治8年5月会所規則を更正していらい旧貸出未納金取立見込高が次第に減少し、不足高は皆用達が弁償するはずにはなっていたが、それも容易ならざる金額になったので、11年11月開拓使は函館支庁ならびに東京出張所に、12月1日より会所を廃止する通達(第23号)を出した。12月に至って、その廃止を布達(甲第12号)することになり、貸出金のとりまとめは旧貸付会所で取扱うことになった。ちなみに貸付会所の閉鎖により、明治5年1月から13年度までの現在貸付金すなわち後に徴収すべき金額は126万7960円83銭5厘であった(表8-4)。その事務はすべて札幌本庁に属すとなっている(『開事』第5編、『北海道金融沿革一班』明治11年12月28日「函新」)。
 
 表8-4 明治13年度(最終年)貸付会所概況
貸下科目
貸 附 元 金
本年元金
返  納
本年利金
収  入
棄損
残金
東京用達
203,829
0
203,829
450
1,755
0
203,379
大阪用達
156,017
0
156,017
0
1,094
0
156,017
函館用達
6,111
0
6,111
0
0
0
6,111
家屋建築
5,929
0
5,929
0
0
0
5,929
産業
3,245
119,312
122,556
0
4,453
0
122,556
諸品仕入
9,800
0
9,800
0
0
0
9,800
運漕社営業資本
100,000
0
100,000
4,200
3,456
0
95,800
産物商会営業資本
30,000
0
30,000
0
1,293
0
30,000
商業
91,400
46,430
137,830
40,204
1,351
0
97,626
海産税売下代
27,925
0
27,925
7,038
1,493
0
20,889
1,306,382
163,925
1,470,307
950,452
28,491
0
519,855
合計
1,940,638
329,667
2,270,304
1,002,344
43,386
0
1,267,961

 『開拓使事業報告』より作成.円未満は4捨5入したため内訳と計の一致しないものもある.
 
 函館支庁では、総括的にいえば亀田、上磯、茅部、山越地方は戊辰戦争の際、兵火のため多くの人々が力を喪失していった。かつ請負人は高利をもって漁業資本を貸し、漁利を独占する弊害が少なくなかった。それで農漁資本等を貸してもっぱら保護に努めた。
 
〔明治二年〕 開拓使を置いた際、人民の就産資本のため金殻類の貸付方法を設けた。
〔   五年〕 函館会所町に貸付会所を設けた。
〔   九年〕 五月水火等非常の難に遭い、拝借金を願出る者は七年公達窮民一時救助規則によって貸与した。
〔 十一年〕 五月開拓使は漁業資本金貸与規則を設け、函館管下貸与金額一万円と予定した。以前は貸付事務は民事課が所管し、のち会計課租税係あるいは検査係で担当していたが、五月貸付係を置いた。十一月函館に火災があり、よって道路改正、家屋改造のため、補助貸下金五万円と予定した。十二月家屋改造費拝借を請う者があり、金一万六七五〇円を年五朱の利子で貸与した。
〔 十三年〕 一月前年函館にまた大火があり十一年の例をうけて道路改正、家屋改良費二一万一四〇〇余円と定め、その余りと十一年貸与残額とをもって家屋改造費貸与にあてた。
(『開事』第五編)

 
 前述のような貸付会所以外の貸付である漁業資金、内務省勧商局産業資金などを含めた明治2年開拓使設置から同14年開拓使廃止にいたる各種貸付金は表8-5のような金額に達した。総額は647万8698円余で、その内訳は取立金が573万1514円余、棄捐金高5万9633円で、差引残高68万7549円余は廃止の際、東京、大阪の2府、札幌、函館、根室、岡山、徳島、和歌山の6県に引継いだ。なお函館支庁管内の最終年次の差引残高は全道の約8パーセントにあたる(『北海道金融史』)。
 以上のように官主導型の金融制度が引続き設けられているが、これはいまだ銀行等の近代的金融制度が確立していない時期であり、過渡的な形態を示しているといえよう。
 
 表8-5 貸付全道総計数
年紀
貸下科目
貸 附 元 金
本年元金
返納
本年利
金収入
棄損
残金






勧業
138,694
50,753
189,447
136,201
801
205
53,040
営繕
3,876
0
3,876
2,543
0
0
1,333
救助
792
680
1,472
246
0
0
1,227
漁業
285,523
267,531
553,055
505,781
24,275
0
47,273
家屋改良
41,884
21,540
63,423
16,075
2,044
0
47,349
東京用達
203,379
0
203,379
203,379
895
0
0
大阪用達
156,017
0
156,017
156,017
545
0
0
函館用達
6,111
0
6,111
6,111
0
0
0
家産建築
5,929
0
5,929
5,929
0
0
0
産業
122,556
0
122,556
122,556
2,248
0
0
諸品仕入
9,800
0
9,800
0
0
0
9,800
海産税売下資本
20,888
0
20,888
1,161
1,604
0
19,727
運漕社営業資本
95,800
0
95,800
4,200
1,672
0
91,600
産物商会営業資本
30,000
0
30,080
5,000
688
0
25,000
商業
97,626
0
97,626
0
0
0
97,626
造船資本
8,511
2,210
10,720
1,505
68
0
9,216
出港税
997
2,510
3,507
289
59
0
3,218
郡民営業
46,556
13,377
59,933
48,325
1,548
39
11,569
昆布採取
0
92,398
92,398
0
0
0
92,398
煎海鼠治製
0
107,602
107,602
0
0
0
107,602
602,678
152,998
755,676
673,641
54,702
12,463
69,572
合計
1,877,618
711,598
2,589,216
1,988,959
91,148
12,708
687,550
総計
貸附高
内    訳
差引残高
取立高
利子金
棄棄
6,478,698
5,731,514
741,490
59,634
687,550

 『開拓使事業報告』より作成.円未満を4捨5入しているので内訳と計が異なるものもある.