12.本校の実習に対する便宜

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実業学校に対し必要なる設備は元より多々あるべしと雖も、殊に実習地は最も緊要なる施設の一なるべし。多くの甲種程度農林学校は概ね農業地方に設置せられ、且つ農業教育に重きを置けるを以て、農学科は其構内若くは付近に於て完全なる実習地を設置せらるゝも、林業実習地殊に最も必
 
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要なる演習林は土地の関係上概(おおむ)ね十数里の遠隔せる地に設置せられ、彼の農業実習に於けるが如く、学科の教授と相俟(まっ)て時々の実習を課するが如きは絶対に不可能にして、毎学年僅かに両3回の実習を施行し得るに過ぎざるべく、加ふるに往復の為め多くの日数と精とを徒費すること多く、元より農業実習の完全に施行し得るの比にあらざるなり。
然るに本校は林業に関する教育を施すべき目的を以て設置せられたるものなれば、其位置の如きも有名なる木曽の林業地に在り、四隣皆広大なる森林を以て囲繞(いじょう:とりまく)せられ、朝暮欝葱(うっそう)たる美林と相親むを得るのみならず、本校創立以来経営せる80余町歩の演習林の内字城山演習林面積70余町歩は僅かに一渓を隔てゝ校舎と相対し(新営校舎)、恰(あたか)も構内に在ると等しく僅かに数分にて往復し得るのみならず、教室に居て尚樹種の識別をなし得べきが故に、農業学校に於ける農業実習地よりも却(かえっ)て多くの便宜を得、学科の教授と相関連して随時実習を課するを得べし。本校は如此(かくのごとく)至便の位置に広大なる演習林を有し、完全に実習を施行し得るのみならず、有名なる10万余町歩の木曽御料林は、各種の実務上並に学術上の研究をなすに至大(しだい:この上なく大きいこと)の便宜を有す。即ち其大要を列挙すれば、
1、本校より数町を隔てゝ御料林中、施業案編成済なる城山事業区あり。面積440町歩余にして内、扁柏(ヒノキ)・金(きんまつ:コウヤマキの別名)等の占領面積340町歩、濶葉樹林99町歩余の良好なる森林あり。作業種(注12-1)は
 
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喬林(きょうりん:注12-2)皆伐作業(面積361町歩)、択伐作業(面積79町歩)の2種を有し、森林経理学の究竟(きゅうきょう:最上の、究極の)の実習地たり。
2、木曽御料林の伐木運材事業は遠く徳川時代以前より連続し、多年の経験を積み幾多の改良を重ねて、今や最良至便の装置を工夫し、且つ近年に至り御料局木曽支庁の設置せらるや、更に欧州に於ける最新式の伐木運材法を施行し、毎年4、5月の頃より年末に至る迄各季節に応じて異りたる作業を行ひ、且つ本校より僅かに2里乃至(ないし)8、9里の地に数ヶ所の伐木事業所を存す。左れば各季節に応ずる各種の伐木運材装置は、僅かに1日の清遊によりて愉快に視察するを得るの便あり。此の如き研究上の便宜は、他の地方に於ては到底求め得べからざる所なり。
3、前記御料林、城山事業区は本校に接近し林地の傾斜急ならず、林内には雑木を生ずること少く、且つ種々の林相を有するを以て測樹実習並に林木及森林の評価実習を為すに最も適当せり。
4、有名なる御嶽及駒ヶ岳の2高山は本校より僅かに数里の地にあり。共に温帯及寒帯林に渉(わた)りて多数の有用林木を有するを以て、森林帯・森林植物並に森林工芸に関する研究を為すに好適なり。前述の如く本校は未だ校舎の改築を終らざるを以て、現在に於ける室内実習に関する設備は稍(や)や不完全なるを免れずと雖も、一度び校外に出づれば広大なる美林は四隣を囲繞し、無限の好教材
 
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は期せずして提供せられ、学術上に将た(はた:その上また)実務上に自由に之が研究調査をなすに任ず。斯(かか)る自然の大教室と大実習地を有するは蓋(けだ)し当校の特として誇るに足るべきものならんか。