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2年 久 保 田 洋 舟
△植林の必要 人類生活上木材の如く用途広きはあらざるべし。試みに人其周囲を見よ。住屋を始め膳、椀、机、農具、蚕具等一として木材の用ひられあらざるはなし。燃料の主魁(注20)たる薪炭亦林産物なり。斯(か)く林産物は吾人生活上に必要欠くべからざる物なるのみならず、商工業特に工業の盛衰に甚大なる関係を有するものなり。世界の工業国と称せらるゝ英国及独逸(ドイツ)の如きは、自国生産の木材にては到底需要を充たす能(あた)はずして年々輸入する林産物の額、前者は2億余万円、後者は1億4千余万円を数ふと云ふ。而して独逸は世界第一の林業国と称せられ、年々6,000万尺〆(しゃくじめ)余の木材を産出する国にして、尚(なお)斯くの如し。之に依(よ)りて之を考ふれば、工業上如何(いか)に多額の木材を要し、如何に工業と林産物との関係深きかを解すべし。我国の如き将来生産業として工業の興隆せんとする国に在りては、林業を盛んならしめ以(もっ)て林産物を豊富ならしめざるべからず。亦(また)欧州、亜細亜(アジア)、何(いず)れも多くは木材輸入国にして、我国は之等(これら)諸国に対する供給国として将来有望の地位に在り。況(いわ)んや内地に於ける需要多く且(かつ)我が朝鮮将(は)た清国に於て吾よりの供給を期待しつゝあるに於てをや。
林産物の必要斯くの如くなるのみならず、森林は間接の効用として水源涵養に、土砂扞止(かんし:ふせぎとめる)に、洪水防備に、其恩恵大なるものあること、夙(つと)に世人の等しく認識する所にして、此処(このところ)に喋々(ちょうちょう:注21)するを要せず。本邦には古来保安林の設けありて森林を保護すると同時に、輓近(ばんきん:最近)に至りては各地方庁は苗木下付及び資金補助等に依り盛んに植林を奨励しつゝあり。実に植林は刻下の急務なりと謂ふべし。
△個人所有の山地 余は嘗て郷里伊那に在りて山地を跋渉するの時、所処に無立木地にして其一部は土砂の崩壊しつゝあり。而も植樹し得べき地なるを見「今にして植林せば土地保安上に於ける将来の災を防ぎ得るのみならず、数十年の後には尠少(せんしょう:極めて少ないこと)ならざる収益を納め得んものを」と思ふこと屡(しばしば)なりき。由来我が郷里の如きは林業殆(ほと)んど行はれ居(お)らざるが故ならんも森林を重んずるの念一般に薄く、小規模ながらも森林を所有せるものにして嘗て其保護手入を為すこと無く、一朝自家の普請(ふしん:建築・土木の工事)若(もし)くは其地方に需用ある時は之を切り出して使用すれども、足地に植林することは敢てせず、其儘(まま)放擲(ほうてき:ほうり出すこと)して顧みず。稍(やや)傾斜緩なるところは之を開拓して年1、2回の収入ある桑畑と為し、以て目前の利を収むるに汲々たり。豈(あ)に慨嘆の至りならずや。
さはいへ植林の事たるや林業家に有らざる限り、個人にては余程心掛け篤き人にあらざれば為し難きものなり。否(いな)為さゞるものなり。余りに小面積なる為(た)め苗木を求むるに
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億劫にも思はれて自然等閑(なおざり)に付せらるゝこともあらん。亦数十年を経過せざれば纏(まとま)りたる収入無き(間伐等の前収入はあれど)を程遠しとも思ふなるべし。斯くて何時植うるの時も無くして過ぎぬるなり。斯かる状況にあるもの独り我郷里のみにあらざらむ歟(か)。斯くの如き有様にて日を経、年を閲するに隨ひて土砂崩壊して禿山生じ、強雨一度至れば忽ち洪水氾濫して、農地を流し家を奪ひ人畜を屠(ほふ)るの悲慘醸さるゝに至るなり。
△青年団の植林 此(ここ)に於て余は此(かく)の如き山地に植林するに其地方青年団の力を藉(かり)ることの最得策なるを感ぜざるを得ず。
1町若しくは1村の青年団が其町村に在る個人所有の山地を借り受け、一括して之に適当の樹種を植付くるとせんか。規模大なるが故に苗木を求むるに便にして、且比較的廉価(れんか:安価)に良苗を得べく、植付及下刈等は団員挙(こぞ)りて之に当らば各人年に数日の労力を費せば、数年にして僅少の造林費を以て優に数十町歩の造林を為し能(あた)ふべし。又間伐・枝打等(注22)団員の手によりて行ふ故に手入費も要せざるなり。斯くして其後輩をして保護経営を受け継がしめなば、僅少の資本を以て甚大の基本財産を形成するに至るべし。既にして伐期に逹すれば伐期収入を得べく其若干割を借地料として地主に支払ふとせば、地主は不生産的の山地よりして収入を得る訳なり。所謂(いわゆる)一挙両得の策たらずんばあらず。杉の如き樹種に在りては3、40年にして伐期収入を得らるゝなり。而して将来に於て法正林成立の暁には其収入を以て青年団として一町村否(いな)社会の公益事業を起すの資に当つるを得べし。国家の隆盛を期するには青年の活動に待たざるべからず。青年は国家の基礎なるを忘るべからざるなり。社会は青年の活動を期待するものにして青年は之に副(そ)ふことを勉むべきなり。此点より見るも青年団の植林は必要なるを認むるなり。
我国林業地として名高き吉野地方にては従来借地林業行はれ居りて、他地方の資本家が借地料を支払ひて此地の地主より林地を借り受け、之に植林して山守を置きて保護管理せしめ以て経営しつゝあり。借地料は普通木一代一万本植(約1町歩)30円位なりと云ふ。団体組織にして経営するは困難なるが如けれど、適当の方法を以てすれば充分行ひ得べきなり。春秋に富める青年の奮励すべき処ならずして何ぞ。
△近時何々紀念林として、青年団等の植林各地に行はるゝは大に喜ぶべき傾向なり。然(しか)るに余は嘗て某地一青年団員より聞きしことあり。曰く『我村にて数年前紀念林として三部落共同して植林せしことあり。其後下草の刈払もせず放置しありし為め、今日にては林木は雑草に抑圧せられて見る影も無き姿にあり。』と。凡(およ)そ林木は植付の年の夏より2、3年間は下刈を為すを要し、10年内外を経るに至れば間伐・枝打等の手入を為さゞるべからず。保護撫育を為さゞれば折角(せっかく)の植林も効を奏せざるなり。林業の如き成果を永遠に期する事業は、特に竜頭蛇尾に終るなからんことを要す。
△要するに、林業は将来有望なる上に国土保安上緊要なる事業なれば、今日徒(いたず)らに無立木地を放置するの時にあらず。而して植林経営を為すには青年団最も適当にして其の力に待たざるべからざるなり。起て青年諸君!