経済力と土地所有

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 市街地の拡大により商業地区も広がり、その中心地が少しずつ東へ移動していること、そしてそれにともない地価も店舗の動向と関係が高いことも理解できた。しかし、このような事例と町別の経済力とはどのような関係にあるのかを検討するために作成したのが表4-15である。つまり町別の経済力を財産額、徴税額、所得額などによって表してみて、それらと店舗、地価との関係を検討してみる。
 表4-15から(1)地区の構成比の増加に対し、反対に(2)地区が減少傾向にあることが理解できる。このことは先にも記したが地価が、海岸地区が高価傾向にあることと整合している。しかし、店舗数の増加が著しい(4)地区については、西川町、恵比須町などの数字からもわかるように経済成長が認められない。ちなみに(4)(5)地区の構成比の増加は、別な視点からも理解する必要性がある。それは「当時ノ住居ハ東浜町ニシテ同所ハ本港商業上枢要ノ地ナルカ故ニ此処ヲ貸地トシテ余カ居宅ヲ山ノ手辺ニ移転スルノ得策ナルヲ考エ、幸ヒ汐見町ニ於テ凹凸ノ畑地アルヲ廉價ニ購ヒ入レ此地ニ居住ノ家屋倉庫等ヲ計築セリ」(明治30年「杉浦允退隠迄之事蹟梗概」)とあるように、明治20年代にあっては商人の職住分離傾向があり、当地区に商人の居宅がみられるようになった。また(1)地区の額の増加について考えるため、当区の性格と関連するものと思い表4-16を作成した、これにより(1)地区が倉庫地としての機能性が高いことが推察できるし、倉庫地の所有者が他町である割合が高い地区でもある。つまり仲浜町の倉庫地は大町の三井物産が、船場町については末広町の渡辺熊四郎が多くを保有していることがその実例である。このことから町別の経済力については未だ大町、末広町にその中心があることが理解できるのである。
 
 表4-15 町別、財産額・所得税額
地 区
町 名
明治21年財産額
地 区
町 名
明治39年所得額
 
(1)
 
東浜町
仲浜町
西浜町
幸町
豊川町
船場町
汐留町
真砂町
小計
 
66,975
19,752
13,194
12,137
18,749
3,539
1,625
1,915
137,886
 
7.56
2.23
1.49
1.37
2.12
0.40
0.18
0.22
15.56
 
(1)
 
東浜町
仲浜町
西浜町
幸町
豊川町
船場町
汐留町
真砂町
小計
 
8,130
6,289
8,852
1,569
2,257
20,215
1,551
776
49,639
 
5.00
3.87
5.45
0.97
1.39
12.44
0.95
0.48
30.55

(2)

弁天町
大町
末広町
地蔵町
小計
112,426
56,203
410,556
22,971
602,156
12.69
6.34
46.33
2.59
67.95

(2)

弁天町
大町
末広町
地蔵町
小計
8,764
4,185
31,089
6,422
50,460
5.39
2.58
19.14
3.95
31.06
(3)
鶴岡町
若松町
海岸町
小計
4,779
1,134
1,960
7,873
0.54
0.13
0.22
0.88
(3)
鶴岡町
若松町
海岸町
小計
2,052
1,648
1,120
4,820
1.26
1.01
0.69
2.97
(4)
鰪澗町
大黒町
旅籠町
天神町
鍛冶町
富岡
会所

相生町
寿町
蓬莱町
西川町
恵比須町
駒止町
小計
3,482
9,739
-
7,802
12,149
3,383
28,987
1,313
-
21,164
4,340
3,348
-
95,707
0.39
1.10
-
0.88
1.37
0.38
3.27
0.15
-
2.39
0.49
0.38
-
10.8
(4)
鰪澗町
大黒町
旅籠町
天神町
鍛冶町
富岡
会所

相生町
寿町
蓬莱町
西川町
恵比須町
駒止町
小計
297
2,128
578
3,465
1,534
4,741
5,289
2,093
2,545
4,097
2,530
1,688
98
31,083
0.18
1.31
0.36
2.13
0.94
2.92
3.26
1.29
1.57
2.52
1.56
1.04
0.06
19.13
(5)
山背泊
台町
船見町
元町
汐見町
青柳町
谷地頭
住吉町
春日町
曙町
宝町
東川町
大森
音羽町
仲町外4町
栄町外4町
小計
-
6,172
10,671
10,608
-
4,029
-
-
-
7,225
-
3,841
-
-
-
-
42,546
-
0.70
1.20
1.20
-
0.45
-
-
-
0.82
-
0.43
-
-
-
-
4.80
(5)
山背泊
台町
船見町
元町
汐見町
青柳町
谷地頭
住吉町
春日町
曙町
宝町
東川町
大森
音羽町
仲町外4町
栄町外4町
小計
145
252
6,158
3,111
3,275
2,697
882
319
886
3,261
1,117
1,381
172
219
587
2,004
26,466
0.09
0.16
3.79
1.91
2.02
1.66
0.54
0.2
0.55
2.01
0.69
0.85
0.11
0.13
0.36
1.23
16.29
合計
8886168
100.00
合計
162,468
100.00

 『函館新繁昌記・上篇』、『最新函館案内』より作成
 仲町外4町は明治32年、栄町外4町は明治38年に成立した町名
 
 表4-16 町別倉庫数とその所有者の実態

町 名
坪 数
棟 数
同一町の
所有者の
割合(%)
(1)
東浜町
仲浜町
西浜町
幸町
豊川町
船場町
汐留町
真砂町
417
1,723
260
55
1,393
3,549
137
281
26
29
16
5
24
47
10
3
52.79
31.57
83.33
60.00
61.90
47.82
12.50
100.00
小計
7,815
160
56.20

(2)

弁天町
大町
末広町
地蔵町
1,333
845
1,366
276
84
51
106
22
58.62
61.11
79.26
61.90
小計
3,820
263
65.20
(3)
鶴岡町
若松町
167
167
12
12
36.36
75.00
小計
334
24
55.70
(4)
鰪澗町
大黒町
旅籠町
天神町
鍛冶町
富岡
会所

相生町
寿町
蓬莱町
西川町
恵比須町
駒止町
136
330
34
102
79
58
139
111
32
212
244
142
4
7
27
5
14
10
9
17
11
4
18
18
16
1
33.33
52.00
80.00
57.14
70.00
100.00
47.05
63.63
50.00
75.00
64.70
50.00
100.00
小計
1,623
157
64.80
(5)
台町
船見町
元町
汐見町
青柳町
谷地頭
春日町
曙町
宝町
東川町
音羽町
74
44
119
60
24
18
10
43
72
499
134
3
8
11
4
4
2
2
6
7
27
6
0.00
37.50
66.60
100.00
100.00
100.00
50.00
100.00
33.33
75.86
0.00
小計
1,097
80
60.30
  合計
14,689
684
60.44

 明治28年「函館町別倉庫調」より作成
 
 次にこのような地価、店舗数の動きと経済力のズレを説明するために表4-17を作成してみた。つまり店舗経営者と土地所有者が同一人物であるか否かを調べてみると、かなりの数が借地であることなどが判明した。そのために先のズレが土地所有の実体からアプローチできるのではないかと考えたのである。採用した商人は、明治21年の財産額および同39年の所得税の上位の商人である。まず井口兵右衛門からみると、明治21年の財産額ではかなり上位に位置しており、同26年の土地所有においても商業地区をかなり所有していた。しかし明治39年の所得税の急減は、同36年の土地所有の急減と整合している。これに対し石垣隈太郎は、明治21年の財産額には名前が記載されていないし、同26年の土地所有もわずかである。しかし、明治39年の所得税をみるとかなり上位に進出しているし、同36年の土地所有も商業地区を得ている。このようなことから、町別の経済力は土地所有の実体と整合していることがいえよう。
 
 表4-17 経済力と土地所有との関連
氏名M9 頃 大区別土地所有(坪)M21住所と財産額(円)M26 住所と業種
杉浦嘉七(14) 2,016(15) 6,645(16) 7,367末広町 174,000末広町 銀行家
相馬哲平(14)(15)  118(16)弁天町  47,414弁天町 荒物商
渡辺熊四郎(14)(15)  324(16)末広町  38,598末広町 和洋小間物商
藤野四郎兵衛(14)(15) 1,024(16)  185東浜町  30,100東浜町 水産商
井口兵右衛門(14)  170(15) 1,764(16)末広町  19,464
田中正右衛門(14)  131(15)  845(16) 2,184船見町  9,339      銀行家
寺井四郎兵衛(14)  18915(16)  475末広町  5,452末広町 金物商
福田由松(14)(15)(16)  396西川町  1,930
石垣隈太郎(14)(15)(16)東浜町 和洋酒商
近藤孫三郎(14)(15)(16)東浜町 物産商
氏名M26 地区別土地所有 (坪)
杉浦嘉七(1) 3,093(2) 2,204(3) 5,107(4) 3,000(5) 13,489
相馬哲平(1) 6,742(2) 2,410(3) 3,280(4) 5,627(5) 19,381
渡辺熊四郎(1) 4,420(2) 1,143(3)  480(4) 2,944(5) 28,762
藤野四郎兵衛(1)  139(2)  715(3) 1,020(4)  214(5)   225
井口兵右衛門(1)  376(2)  892(3)(4)  369(5)   585
田中正右衛門(1)  368(2)  234(3) 2,420(4)  711(5) 4,175
寺井四郎兵衛(1)  348(2)   97(3)  493(4)  646(5) 32,969
福田由松(1)  315(2)  319(3)  281(4) 1,632(5) 6,124
石垣隈太郎(1)(2)(3)(4)(5)   900
近藤孫三郎(1)(2)(3)(4)(5)   122

氏名M36 地区別土地所有 (坪)M39住所と所得税額(円)
杉浦嘉七(1) 2,730(2) 2,158(3) 4,893(4) 3,634(5) 22,410汐見町  1,652
相馬哲平(1) 3,658(2) 3,211(3) 4,345(4) 7,398(5) 26,894大町   31,793
渡辺熊四郎(1) 5,444(2) 2,166(3)  740(4) 4,356(5) 24,051末広町   16,817
藤野四郎兵衛(1)  718(2)  316(3) 1,020(4)  215(5)  225
井口兵右衛門(1)(2)  34(3)(4)  265(5)  83末広町    8
田中正右衛門(1)  170(2)  234(3) 2,360(4)  809(5) 4,175天神町   329
寺井四郎兵衛(1)  212(2)  249(3)  493(4)  613(5) 32,097末広町  1,603
福田由松(1)  412(2)  316(3)  860(4)  408(5) 5,867亀田村  1,613
石垣隈太郎(1)(2)  40(3)(4)  426(5) 2,587東浜町  2,336
近藤孫三郎(1)  193(3)(4)  395(5) 4,094船場町  1,485

 明治9年頃「開拓使函館」、『函館新繁昌記・上篇』、『北海/巴港之宝庫』、『地所所有主明細鑑』、『最新函館案内』より作成
 
 さて、明治31年の新聞に函館区の多額納税者3人についての記事があり、表4-18にまとめた。この3人の豪商の資産運用を少し詳しくみてみることにする。まず杉浦嘉七は明治18年から同26年の間に「市中ノ景気モ駸々乎トシテ繁盛ノ域ニ進ミ地価モシダイニ騰貴シ、随テ銀行ノ業務モ頻繁ヲ加ヘ来リテ是又十二分ノ利益ヲ見ルニ致レリ、依テ余ハ所有地ノ中弁天町、常盤町、大町辺地所ハコノ騰価ヲ期トシテ之ヲ売却シ地蔵町以東ノ低価地ヲ買入レタリ」とあるように、商業地区を売却し相生町、宝町、高砂町、音羽町、汐見町等の市街地拡大の前線地にあたる土地を購入している(明治30年「杉浦允退隠迄之事蹟梗概」、明治18年「区内土地所有坪数人名調」、『北海/巴港之宝庫』)。明治26年と同36年の土地所有を比較すれば、渡辺熊四郎は(1)(2)地区を増やし、相馬哲平は(1)地区を売って(2)(3)(4)(5)区を増やし、杉浦嘉七は(1)(2)(3)区を少しずつ売り(4)(5)を増やしていることがわかる。
 これらの動きと関連させて、同時期の区税に関する地価の等級を表したのが表4-19である。当表は前述した明治14年と同33年との大きな変化とは異なり、短期での動きとなるが、この時期は土地の売買高の高い時期であることは、前述したとおりである。この表から気づくことは、2つの地価上昇のブロックがあることである。それは大町弁天町、西浜町などの旧中心地域と、台町、東川町、若松町、真砂町、海岸町、高砂町、大縄町、亀田村などの市街地の拡大地域である。つまり大町弁天町などは一時期かなり地価が下落したが、先の商人の動きなどからこの地区の土地が資産財として活気をとりもどし、再び地価上昇をもたらしたと考えられるのである。逆に新興地の地価がある程度まで上昇すれば警戒感が高まり、その動きがにぶくなり安定期をむかえることになることが知られており、その断続的な地価の変動により、市街地が拡大することになる。
 以上のことから、最初の地価と店舗に対する経済力のズレを説明するために、資産運用を中心とする不動産経営と店舗を中心とする商業経営とに仮に分けて考えてみると、市街地拡大にみる店舗の集積地の東進には、不動産経営が先行し、その後に商業経営は追い付く形態が考えられ、その時間差が地価の格差を生むことにもなる。つまり店舗の集積による地価上昇は商業経営者以上に不動産経営者に利益をもたらすことになるのである。
 
 表4-18 函館区多額納税者調
氏 名
地 租
営 業 税
計(円)
渡辺熊四郎
相馬哲平
杉浦嘉七
502.498
679.040
631.208
962.084
727.837
352.849
1,464.582
1,046.877
984.057

 明治31年10月13日「小樽新聞」より作成
 
 表4-19 明治27年と33年の敷地等級比較表
 
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
富岡町     ○△○△               
鍛冶町      ○△○△○△○△○△        
旅籠町         ○△○△       
天神町       ○△○△○△○△○△○△○△○△   
駒止町           ○△    
船見町         ○△○△○△○△○△
山背泊               ○△
            ○△
会所町     ○△○△○△          
相生町     ○△○△○△○△○△○△ ○△○△   
新浜町                   
台場町                    
元町    ○△ ○△○△○△○△○△○△     
寿町      ○△○△          
青柳町         ○△○△○△○△○△   
帆影町                   
曙町       ○△○△○△○△        
春日町         ○△○△ ○△○△
汐見町       ○△○△      
住吉町               ○△○△○△○△
谷地頭            ○△○△
大町   ○△             
仲浜町 ○△○△                 
弁天町      ○△○△        
西浜町               
幸町   ○△              
大黒町        ○△○△○△○△○△      
鰪澗町          ○△     
末広町  ○△  ○△             
東浜町 ○△○△               
船場町  ○△              
恵比須町  ○△○△○△○△○△○△○△○△      
蓬莱町     ○△○△○△○△○△○△○△○△ ○△   
地蔵町   ○△○△               
豊川町     ○△○△           
西川町     ○△○△○△○△○△○△○△       
汐留町      ○△            
宝町       ○△○△○△○△ ○△     
東川町         ○△○△○△○△○△○△
大森               ○△
鶴岡町      ○△○△○△○△         
小船町                   
若松町        ○△○△ ○△     
仲町                    
真砂町     ○△○△○△         
音羽町           ○△○△   
海岸町              
高砂町             ○△○△
大縄町               ○△
亀田村               ○△○△
                                           ○-明治33年△-明治27年

 明治27年~36年「決議書綴」、明治33年「第13回区会会議録」より作成