藩政時代の美術工芸については大きく三つの問題にまとめられよう。一つは、藩主やお抱え絵師たちの画業と、藩が発注・下賜・贈与を通して城内および江戸の藩邸に所持していた公的な美術工芸品などの問題。第二は、藩の公事とは直接かかわらない、ねぷた絵や凧絵、さらに陶芸や玩具、祭礼の装飾や衣装、こぎんなど民間のさまざまな美術工芸の問題である。そして三つ目は、寺社に関する造形で、仏像や仏画、狛犬(こま)や絵馬、建築に付随する天井画や襖絵などの問題である。
これまで第一の点については、藩政史料などに基づき絵師列伝としてまとめられた、弘前市立博物館刊行の『津軽の絵師』(一九八二年)、中畑長四郎氏の『津軽の美術史』(一九九一年 北方新社刊)などの業績がある。しかし、作品そのものに即して個々の絵師の画業を分析評価する作業はほとんどなされていない。また藩の画事や蔵品に関する包括的な検討は未着手で、他藩のそれらと比較したり、近世日本の美術史にどう位置づけるかといった作業は、すべてこれからの課題である。また第二の点については、青森県民藝協会や弘前市立博物館などが過去に行ったいくつかの展覧会以外に、特に弘前の美術工芸として注目する試みはほとんどなかったといってよいし、残念ながらそれらもまとまった刊行物にはなっていない。しかし、津軽の造形を考えるときは、むしろこれらこそ中心に取りあげられてしかるべきであろう。さらに第三の寺社の彫刻絵画については、明治二十九年(一八九六)に市役所が行った「社寺寶物調」以外にほとんど例がなく、これまでいたって関心が低かったといわざるをえない。二〇世紀末の弘前に現存する仏教美術に関しては『弘前の仏像』(一九九八年 弘前市刊)を参照されたい。