昭和期の主な外来演奏家を列挙すると(純粋音楽社以外の興行も含む)、昭和五、七、十年、エフレム・ジンバリスト(バイオリン)、六年、コンスタンチン・シャピロ(チェロ)、ヤッシャ・ハイフェッツ(バイオリン)、六年、トーチイ・ダルモンテ(イタリア・スカラ座、ソプラノ、ただし演奏会は中止)、ムロ・ロマント声楽の夕べ、八年、アレクサンドル・モギレフスキー(バイオリン)、十一年、アレクサンドル・チェレプニン(ピアノ)、ウィルヘルム・ケンプ(ピアノ)などである(札幌の音楽)。
写真-9 ウィルヘルム・ケンプピアノ独奏会(昭11)
伊福部昭は、「そのころ札幌には、ジンバリストとかハイフェッツとか、世界の第一級のバイオリニストがきてました。今でもよく覚えてますが、〈ああ、こういうのが世界の大家っていうのか〉ってねえ。」と回顧する(私のなかの歴史)。
ここで九島勝太郎の所有していた、大正期から昭和十一年までの芸術関係のパンフレットの一覧をみたい(表5)。九島は九島興行の経営者で、戦前戦後とマンドリンをはじめ札幌の音楽振興に助力した。九島勝太郎は昭和七年に早稲田大学を卒業し家業の映画館経営を引き継ぐかたわら、昭和八、九、十、十一年度と、北海道帝国大学文武会音楽部のマンドリン部の指揮をしている。東京のものも含まれるが、築地小劇場、テノールの藤原義江、ピアノのケンプなど昭和戦前期札幌のモダニズムをよく伝える。
表-5 九島勝太郎所蔵文化関係プログラム |
日時 | 公演名 | 場所 | 備考 |
大9年9月15日 | 柳兼子夫人独唱音楽会 | 八千代館 | |
大9.11.20 | ヴィクターレコード演奏会 | 美術倶楽部 | |
大10.1.22 | ヴィクターレコード演奏会 | 小樽倶楽部階上 | |
大11.9.10~29 | パヴロワ夫人露国舞踊劇一座 | 丸の内帝国劇場 | |
大11.9.30 | 聖き夕 第1回公開レコード音楽会 | 小樽組合教会堂 | |
大15.8.9 | 綿貫誉氏独奏会 | 札幌時計台 | ハーモニカ奏者,童謡独唱綿貫静子 |
大15.10.15~17 | 田谷力三独唱会 | 15日函館,16日小樽,17日札幌 | |
昭2.6.11 | 北海道帝国大学音楽部 第7回発表演奏会 | 中央講堂 | |
昭2.8.13~14 | 築地小劇場北海道第1回公演 | 札幌劇場 | 武者小路実篤作「愛慾」,アントン・チェーホフ作「熊」 |
昭2.9.14 | 藤原義江独唱会 | 三友館 | 伴奏 マキム・シャピロ |
昭3.9.16 | バリトン小森譲独唱会 | 明治神宮外苑 日本青年館 | 伴奏 エンリッコー・ロッシー |
昭3.11.19 | シューベルト百年祭 | 日本青年館 | 鈴木のぶ子(アルト),P・カワリヨフ(ピアノ)他 |
昭7.10.1 | 札幌プレクトラム協会第一回演奏会 | 札幌市公会堂 | 独奏者鈴木静一,ギター伴奏佐々木政夫 |
昭8.5.20 | 北海道帝国大学文武会音楽部 新入会員歓迎音楽会 | 中央講堂 | |
昭8.8.1 | 荻野綾子独唱会 | 札幌三越ホール | |
昭8.11.25 | 北海道帝国大学文武会音楽部 第20回公開演奏会 | 管弦楽,マンドリン,コーラス | |
昭9.11.17 | 北海道帝国大学文武会音楽部 第21回公開演奏会 | 管弦楽,マンドリン,コーラス | |
昭10.5.18 | 北海道帝国大学文武会音楽部 新入会員歓迎音楽会 | 中央講堂 | |
昭10.11.27 | 北海道帝国大学文武会音楽部 第22回公開演奏会 | 管弦楽,マンドリン,コーラス | |
昭11.4.20 | ウィルヘルム・ケンプピアノ独奏会 | 宝瑩座 | |
昭11.5.15 | 北海道帝国大学文武会音楽部 新入会員歓迎音楽会 | 中央講堂 | |
昭11.6.3 | 劇団第一歩第3回公演 | 宝瑩座 | 真船豊作「鉈」 |
昭11.6.14 | チルコロ・マンドリニスティコ“アウロラ”第26回独立公開演奏会 | 今井記念館 | |
昭11.11.21 | 北海道帝国大学文武会音楽部 第23回公開演奏会 | 管弦楽,マンドリン,コーラス |
九島勝太郎資料(教育文化会館蔵)より作成。 |
北大予科から東北帝国大学に進んだ音楽評論家の三浦淳史は、仙台よりも札幌の方が良い音楽にふれる機会が多かったと回想するが(北海道音楽史)、まさにこの時期の札幌は東京以北でもっとも質の高い洋楽にふれる環境にあったといえよう。