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演奏家の来札

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 すすきのアカシヤ楽器店の石井春省は、田上義也との共同事業で昭和六年一月に純粋音楽社を設立する。「帝劇で公演する程の大家なら是非招聘してみせる」と意気ごむ。北大文武会音楽部長の香曽我部寿、美術部長小熊捍熊澤良雄らは、純粋音楽社の後援会をつくり、また世界的舞踊家サカロフ夫妻を札幌に呼ぼうとする(北タイ 昭6・2・1)。しかし「全くあまりに地理的に遠隔なのと寒冷であるがために、サカロフを初めシゲッティ、ダルモンテ、新響と云ふ風に全く社は生命がけで交渉しても中止」となり困難に直面したと、田上は述べるが、六年十月二十二日に松竹座にロシアのヤッシャ・ハイフェッツの演奏会を開くのに成功している(純粋音楽 二号)。ともかく札幌で昭和初期に、洋楽の興行における石井春省の果たした役割は大きい。
 昭和期の主な外来演奏家を列挙すると(純粋音楽社以外の興行も含む)、昭和五、七、十年、エフレム・ジンバリスト(バイオリン)、六年、コンスタンチン・シャピロ(チェロ)、ヤッシャ・ハイフェッツ(バイオリン)、六年、トーチイ・ダルモンテ(イタリア・スカラ座、ソプラノ、ただし演奏会は中止)、ムロ・ロマント声楽の夕べ、八年、アレクサンドル・モギレフスキー(バイオリン)、十一年、アレクサンドル・チェレプニン(ピアノ)、ウィルヘルム・ケンプ(ピアノ)などである(札幌の音楽)。

写真-9 ウィルヘルム・ケンプピアノ独奏会(昭11)

 伊福部昭は、「そのころ札幌には、ジンバリストとかハイフェッツとか、世界の第一級のバイオリニストがきてました。今でもよく覚えてますが、〈ああ、こういうのが世界の大家っていうのか〉ってねえ。」と回顧する(私のなかの歴史)。
 ここで九島勝太郎の所有していた、大正期から昭和十一年までの芸術関係のパンフレットの一覧をみたい(表5)。九島は九島興行の経営者で、戦前戦後とマンドリンをはじめ札幌の音楽振興に助力した。九島勝太郎は昭和七年に早稲田大学を卒業し家業の映画館経営を引き継ぐかたわら、昭和八、九、十、十一年度と、北海道帝国大学文武会音楽部のマンドリン部の指揮をしている。東京のものも含まれるが、築地小劇場、テノールの藤原義江、ピアノのケンプなど昭和戦前期札幌のモダニズムをよく伝える。
表-5 九島勝太郎所蔵文化関係プログラム
日時公演名場所備考
大9年9月15日柳兼子夫人独唱音楽会八千代館 
大9.11.20ヴィクターレコード演奏会美術倶楽部 
大10.1.22ヴィクターレコード演奏会小樽倶楽部階上 
大11.9.10~29パヴロワ夫人露国舞踊劇一座丸の内帝国劇場 
大11.9.30聖き夕 第1回公開レコード音楽会小樽組合教会堂 
大15.8.9綿貫誉氏独奏会札幌時計台ハーモニカ奏者,童謡独唱綿貫静子
大15.10.15~17田谷力三独唱会 15日函館,16日小樽,17日札幌
昭2.6.11北海道帝国大学音楽部 第7回発表演奏会中央講堂 
昭2.8.13~14築地小劇場北海道第1回公演札幌劇場武者小路実篤作「愛慾」,アントン・チェーホフ作「熊」
昭2.9.14藤原義江独唱会三友館伴奏 マキム・シャピロ
昭3.9.16バリトン小森譲独唱会明治神宮外苑 日本青年館伴奏 エンリッコー・ロッシー
昭3.11.19シューベルト百年祭日本青年館鈴木のぶ子(アルト),P・カワリヨフ(ピアノ)他
昭7.10.1札幌レクトラム協会第一回演奏会札幌市公会堂独奏者鈴木静一,ギター伴奏佐々木政夫
昭8.5.20北海道帝国大学文武会音楽部 新入会員歓迎音楽会中央講堂 
昭8.8.1荻野綾子独唱会札幌三越ホール 
昭8.11.25北海道帝国大学文武会音楽部 第20回公開演奏会 管弦楽,マンドリン,コーラス
昭9.11.17北海道帝国大学文武会音楽部 第21回公開演奏会 管弦楽,マンドリン,コーラス
昭10.5.18北海道帝国大学文武会音楽部 新入会員歓迎音楽会中央講堂 
昭10.11.27北海道帝国大学文武会音楽部 第22回公開演奏会 管弦楽,マンドリン,コーラス
昭11.4.20ウィルヘルム・ケンプピアノ独奏会宝瑩座 
昭11.5.15北海道帝国大学文武会音楽部 新入会員歓迎音楽会中央講堂 
昭11.6.3劇団第一歩第3回公演宝瑩座真船豊作「鉈」
昭11.6.14チルコロ・マンドリニスティコ“アウロラ”第26回独立公開演奏会今井記念館 
昭11.11.21北海道帝国大学文武会音楽部 第23回公開演奏会 管弦楽,マンドリン,コーラス
九島勝太郎資料(教育文化会館蔵)より作成。

 北大予科から東北帝国大学に進んだ音楽評論家の三浦淳史は、仙台よりも札幌の方が良い音楽にふれる機会が多かったと回想するが(北海道音楽史)、まさにこの時期の札幌は東京以北でもっとも質の高い洋楽にふれる環境にあったといえよう。