地誌・風俗書

413 / 706ページ
 江戸中期以降になると、識者のこの地に訪れる者も多くなり、これらの外来者によって、箱館および周辺の形勝を書き綴るものがみられるようになった。
 元文4(1739)年坂倉源次郎の『北海随筆』を始めとし、天明4(1784)年平秩(へづつ)東作の『東遊記』、同6年佐藤玄六郎らによる『蝦夷拾遺』、同8年古川古松軒の『東遊雑記』、寛政元(1789)年新山質の『蝦夷風土記』、同5年大橋並八郎の『奥の松か勢』、同9年高橋壮四郎らの『蝦夷巡覧筆記』など、直接あるいは間接に箱館や亀田地方のことに触れてしたためたものも少なくない。
 ことに寛政年間の菅江真澄の来遊は有名で、その見聞録のひとつの『ひろめかり』は、この地方の記録として貴重であり、また、最上徳内の『蝦夷草紙』は広く世に知られている。松前広長が安永9(1780)年に完成した『福山秘府』60巻には、箱館に関する事項が、極めて多く記録されている。
 なお、地誌や風俗書が、地元の人々によって書かれるようになるのは、後代になってからである。