しかしながら、制限付きとはいえ、長崎奉行の意見を無視して 一方的に自由売買が許可されたため、生産者側に大きな混乱を起こさせた。表13は、安政7(万延元年)年における長崎俵物1か年請負高の地域別数量を示したものであるが、これによると、煎海鼠182,500斤のうち、箱館・松前・江差で13万斤に達し、また干鮑も176,500斤のうち右3か所だけで12万斤を請負っている。従って、北国筋の請負高では、その大部分が蝦夷地産のもので占められ、その中でも松前、江差が大部分であった。これによって明らかなように、煎海鼠、干鮑の自由貿易問題は、実質的には東蝦夷地の請負人たちよりも、西蝦夷地を請負う商人、生産者たちにより直接的な影響を及ぼしてくる問題であった。そのため、この方針が出されると、西蝦夷地の請負人たちは、「私共御請負御場所出産の分も、如何御沙汰これ有るべき哉と一同懸念仕居候処、去月十七日(万延元年二月)松前表長崎御役所より御呼出しにて一同罷出候処、仰せ聞かされ候には、今般箱館表において煎海鼠、白干鮑勝手に売払い相成るべき御触出しに相成り候え共、西地の義は長崎方納めの外、外国人は勿論、他売密売等堅く相成らず候間」(『御触書控帳』)とあって、箱館表では自由売買になったが、西蝦夷地の分は従来通り長崎方納めとなったのである。
　そこで蝦夷地の請負人たちは、同年3月6日付で「箱館表は勝手の売買、西地の儀は是迄の御直段にて御買上げに相成り候ては、少なからず直段の違いもこれあり」(『御触書控帳』)として、「長崎方買上に相成り候ても、御当所において異人共買入直段に引くらべ御買入れに相成り候」ようにとの伺書を提出したが、その回答は、長崎奉行より江戸表へ伺い中であるとして、従来の方針を強要してきている。その後、この問題は具体的にどのように進展したものか定かでないが、長崎会所側はあくまで旧来の方針を守ろうとしていたように思われる。
　従って、万延元年、煎海鼠・干鮑等の直輸出が一部許可されたとはいうものの、さきの輸出品のなかには、西蝦夷地産のものはほとんど含まれていないものと見てよく、その大部分は東蝦夷地ないしは北国筋(東北地方)の産物と思われる。ちなみに、箱館における昆布および俵物3品のみの国別輸出高を示すと、表14・表15の通りである。昆布および長崎俵物3品とも、文久2年ころまでは、イギリス、アメリカ両国がその主要輸出国になっているが、文久3年以降は、アメリカの比重が次第に低下し、はぼイギリスの独占的貿易に近い様相になっていった。
　俵物貿易は、こうした経緯をたどって、慶応元(1865)年に至り、完全な自由貿易が実現している。すなわち、