近世漆工芸の発展

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慶長八年(一六〇三)、徳川家康江戸に幕府を開き、幕藩体制をつくり上げた。このことは、わが国の漆工芸に二つの特色を生じさせた。
 半田市太郎は『近世漆器工業の研究』(一九七〇年 吉川弘文館刊)に、次のように書いている。
 「一つは、京都で育まれた伝統的漆工技術が将軍や大名という後援者を得たことである。江戸の将軍が京都から蒔絵の名工を招いて抱え蒔絵師としたことで、京都に住んでいた蒔絵師の一部が江戸に移り、江戸蒔絵江戸漆器が生まれた。他の一つは、家臣団の調度・家具や日雑器などの需要、ないし新興町人層、あるいは有力農民層における漆器需要の増大と、さらにこれらに対処してとられた領主の領内漆器生産の保護・奨励」である。
 弘前城築城のために、大工などの職人を江戸その他から数百人も呼び寄せ、周辺の村にも日割りの人夫を課している。築城は、当時の技術の粋を集めた工事なので、建設工事に関係した職人の中に、漆工に関する知識や技を持つ者がいたであろう。
 城下町弘前の漆工芸もこのような時代背景をもとにして展開された。