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菊 池 生(注6)
赤松や落葉松等は昆虫の害が甚だしい。従って、種類も多い。木曽で私の眼に触れたもの丈でも尠なくはない。其中の2、3は本『林友』に記した通りである。然るに木曽の五木には寄生虫は殆ど見当らない。演習林や福島の附近だけでは標本材料を得るのに苦しんで居る。余談にわたるが数日前の大暴風の為めに講堂前の桐樹が中程から折れた。そして樹の中からはキクヒムシの幼虫と思はれる者を十数匹捕へた。大きいのは九分(ぶ:日本の長さの単位、1分は約2.7ミリ)に余り。小さいのは七分位もあった。白色で痩形の顎の丈夫な奴であった。森林昆虫学の著書には桐の害虫としては
鱗翅類(りんしるい) クサキノシンクヒガ シモフリスヾメ
有吻類(ゆうふんるい) クハノカヒガラムシ オホワマグロヨコバイ
等が挙げられてある。根気よく探したら五木からも虫が沢山とれやう。要するに独の力では叶(かな)はぬ事だ、諸君の応援を願はねばならぬ。木曽は木曽で特有の者も居るに違ひない。他の地方には見られぬ者が居るであらう。気候・雨量・土質が昆虫の発育に密接な関係もある事だろう。ブランコ毛虫だけで見ても東京地方の者と比較すると面白い結果が得られた。
扨(さ)て木曽の五木にはどんな害虫が居る事やら知りたい。前にも申した通り材料標本が貧弱で確実な事は述べられぬが、新島博士の森林中昆学の本には次の数種が示されて居る。
(1)ひのき扁柏
鞘翅類(しょうしるい) ヒノキノキクヒムシ、ヒノキノコキクヒムシ
ヒバノキクヒムシ、ヒバノコキクヒムシ
(2)さはら羅漢柏(アスナロ)
鞘翅類 ヒバノキクヒムシ ヒバノコキクヒムシ
有吻類 ナガヒラタウンカ
(ねゝずあすひ(注7)、及びかうやまきは後報)
キクヒムシの類はお互いに頗(すこぶ)るよく似て居る。そして一分(ぶ)内外の小さい虫である。樹皮の直下、材の表面にゲジゲジ状の穿孔(せんこう:うがった穴)の様が見られる。それは虫の種類に依りて多少模様を異にするから分類の
(改頁)
標準にもなる。一々挙げる必要もあるまいからニツ三ツ次に記して見やう。虫の記載は興味のないもの、そしてわかりにくいもの。私は林友が奮発して図を入れてくれゝばよいと思ふ。百聞は一見にしかず的に見る方乃(すなわ)ち図があればすぐ了解されるから。
(イ)ヒバノキクヒムシは1分内外の小さい虫で色は少しく褐色を帯びて翅鞘(ししょう:昆虫類の一部に見られるかたい前翅)は赤く、黄色の小さい毛が生えて居る。此虫は「さはら」の外に「ひのき」にも普通に寄生する。樹の皮をはぎとるとゲジゲジ状の穿孔の様が見られる。
(ロ)ヒノキノキクヒムシはひのきの樹皮下に居る虫で、生活の様や穿孔の形状等前種によく似て大きさも同じ位だ。色は黒く穿孔状はゲジゲジが2匹つながった様なのもある。一体(いったい:そもそも、もともと)此等の種類は多くは春に早く発生して長い産卵期を持ち、そして冬季種々の状態で越年するさうな。
(ハ)ナガヒラタウンカ 此虫は上部は暗黒色で下部は黄褐、体の巾が広くて稜状部に3個の縦線がある。猶(なお)前翅灰黄縁紋黒褐で大きく翅脈上に矢筈形(やはずがた)の多くの小斑絞があり。もみにも寄生するさうな。
何しても森林昆虫学も始まってから間もない。日本の如きは幼稚極まるものである。何もかも研究されて居らぬと言ふてもよからう。(つゞく)
昆虫及び虫喰ひの材は山林学校宛に送り下さい。