弘前市民にとって岩木川は豊かな土壌を生み出し、豊富な作物を実らせ、四季を通じて岩木山とともに絶景を見せてくれる川である。しかしその美しい恵みの川も、台風や集中豪雨により大氾濫を起こし、度重なる大被害を与える恐ろしい存在でもあった。災害問題で市民がもっとも望んだことは、岩木川の氾濫を防止することだった。具体的には堤防の補強・復旧工事に始まり、平川など支流の河川にも堤防を新築し復旧工事を要望し、それを実現することだった。
昭和三十六年(一九六一)、国は「国土並びに国民の生命、身体及び財産を災害から保護するため」に、災害対策基本法(法律第二二三号)を定めた。その第四二条には市町村の役割として、「当該市町村の地域に係る市町村地域防災計画を作成」することが義務づけられた。これを受けて弘前市は昭和四十四年五月、『防災および水防計画』を策定した。計画では市の自然的状況と過去の災害記録を紹介するとともに、関係機関の事務や業務大綱を示している。市の業務としては防災会議の開催、防災施設や組織の整備、教育・訓練の実施、情報収集や被害状況の調査・報告、災害応急対策や復旧資材の確保、交通輸送の確保などを挙げている。いずれも災害対策の基本的な役割を市が担うことを明記していた。防災計画に関する市当局の役割がいかに大切かをうかがわせる内容となっていたのである。
市以外の公共団体や諸施設の処理すべき業務も挙げられており興味深い。各土地改良区には、防災ため池施設などの維持管理や災害復旧事業の実施が求められている。市内の各農業協同組合や森林組合、岩木川漁業協同組合、市内各農業共済組合には、農林関係被害状況調査や応急対策への協力、被害農林業者への融資斡旋、物価安定が要請されていた。農林業関係者の多い弘前市にとって、当該関係当局との協力は不可欠だった。岩木川の漁協に協力を求めていることも、大河川たる岩木川の存在を象徴していよう。弘前商工会議所には、商工業関係被害状況調査や応急対策への協力、東北電力株式会社弘前営業所には応急復旧への協力、弘前食糧事務所には災害時での応急食糧供給への協力が要請されていた。商工業関係者の被害対策も農林業関係者同様に必要なものであり、電気と食糧の確保は何よりも市民生活にとって重要な課題だった。
陸上自衛隊弘前駐屯部隊には災害時における人命・財産保護のための救援・応急復旧活動への協力が求められた。医療機関には災害時の入院患者保護、負傷者への医療実施を呼びかけている。そのほか各奉仕団体にまでも市が実施する応急対策への協力を求めたことは注目されよう。いずれも福祉事業的な役割が求められていたことがわかる。日本通運弘前支店や一般運輸業者には、災害時の緊急輸送協力を呼びかけ、一般建設業者には災害時の応急復旧協力、危険物取扱施設の管理者には危険物の保安措置を要望している。デパート・映画館などの事業所には、避難設備の整備と避難訓練・防災知識の普及などを要請している。
災害時には交通機能の麻痺が致命的な被害をもたらすことが多い。復旧作業も重要な課題である。いずれも公的機関だけでは対応できない問題であり、一般企業の協力が不可欠となろう。企業は利潤追求という至上命題があるが、災害時にはそれら利潤・利害を超えた協力が必要であり、防災計画はそれを前提として計画されたのである。