子どものページ

子ども向け年表

旧石器時代きゅうせっきじだい~室町時代むろまちじだい

時代 年 昭島のできごと 日本やほかの地域のできごと
紀元前 B.C.
30000
昭島市あきしましの北部分きたぶぶんにある立川たちかわ段丘上だんきゅうじょうで見みつかった石槍いしやりから、昭島市あきしましで一番いちばん古ふるい人間にんげんが生活せいかつしていたことがわかる 現在げんざいの群馬県ぐんまけんの岩宿遺跡いわじゅくいせきに旧石器時代きゅうせっきじだいの人々ひとびとの生活せいかつのあとが残のこる
B.C.
8000
林ノ上遺跡はやしのうえいせき・上川原遺跡じょうがわらいせきで縄文人 じょうもんじんが暮くらしはじめる  
B.C.
2000
このころの遺跡いせきである龍津寺りゅうしんじ東ひがし遺跡いせきでは敷石しきいし住居じゅうきょが発見はっけんされた
※敷石しきいし住居じゅうきょ:床面ゆかめんに石いしを敷しきつめた住居じゅうきょのこと
日本にほん列島れっとう全体ぜんたいでみると、縄文時代じょうもんじだい後期こうきの遺跡いせきの数かずはすくなくなっていく
B.C.300 このころ、関東かんとう地方ちほうへ農耕のうこうがひろがる
時代 年 昭島のできごと 日本やほかの地域のできごと
弥生時代 A.D.200 (弥生時代やよいじだいの遺跡いせきは発見はっけんされていない) 邪馬台国やまたいこくの女王じょうおう卑弥呼ひみこが活躍かつやくする
古墳時代 400
(古墳時代)
  多摩川たまがわの下流域かりゅういきに大型おおがたの古墳こふんがつくられはじめる
副葬品ふくそうひんとして鉄剣てっけんが埋葬まいそうされる
531年
(安閑元)
  大和やまと政権せいけんが東日本ひがしにほんにも広ひろがる
538年
(欽明7)
  日本にほんに仏教ぶっきょうが伝来でんらいする
時代 年 昭島のできごと 日本やほかの地域のできごと
飛鳥時代 604年
(推古12)
  厩戸皇子うまやとのみこ(聖徳太子しょうとくたいし)によって十七条憲法じゅうしちじょうのけんぽうが制定せいていされる
  多摩川たまがわ下流域かりゅういきに横穴式よこあなしき石室せきしつおよび横穴よこあながつくられはじめる
645年
(大化元)
このころ、大神おおがみ古墳こふんがつくられる 大化たいかの改新かいしんが行おこなわれる
672年
(天武元)
このころ、浄土じょうど古墳こふん・経塚下きょうづかした古墳こふんがつくられる  
683年
(天武12)
  このころ、武蔵国むさしのくにの国郡こくぐんの境界きょうかいが決きまる
701年
(大宝元)
  大宝律令たいほうりつりょうが制定せいていされる
710年
(和銅3)
  平城京へいじょうきょうに都みやこを移うつす
時代 年 昭島のできごと 日本やほかの地域のできごと
奈良時代 713年
(和銅6)
  このころ、多磨郡たまぐんの名前なまえが公式こうしきに決きまる
741年
(天平13)
  このころ、武蔵むさし国分寺こくぶんじの建立こんりゅうが開始かいしされる
771年
(宝亀2)
このころ、啓明けいめい学園がくえん遺跡いせき・偕生園かいせいえん遺跡いせき・経塚下きょうづかした遺跡いせきに集落しゅうらくがつくられ、それら遺跡いせきは、平安時代へいあんじだい前期ぜんきまで続つづく  
時代 年 昭島のできごと 日本やほかの地域のできごと
平安時代 794年
(延暦13)
  平安京へいあんきょうに都みやこを移うつす
861年
(貞観3)
  群盗ぐんとうの横行おうこうに対たいし、武蔵むさしの国くにの郡ぐんごとに検非違使けびいしが置おかれる
935年
(承平5)
  平将門たいらのまさかどの乱らんはじまる
952年
(天暦6)
大日堂だいにちどうが建立こんりゅうされたとの伝説でんせつがある  
969年
(安和2)
  藤原氏ふじわらしにより摂関政治せっかんせいじが成立せいりつする
時代 年 昭島のできごと 日本やほかの地域のできごと
鎌倉時代 1192年
(建久3)
  源頼朝みなもとのよりともが征夷大将軍せいいたいしょうぐんになる
1241年
(仁治2)
  鎌倉かまくら幕府ばくふ、武蔵野むさしのに多摩川たまがわの水みずを引ひき水田すいでんを開ひらく
1274年
(文永11)
  モンゴル帝国ていこくが日本にほんを攻せめる(文永ぶんえいの役えき)
1281年
(弘安4)
  モンゴル帝国ていこくが再度さいど日本にほんを攻せめる(弘安こうあんの役えき)
1314年
(正和3)
大日堂だいにちどう仁王門におうもんの金剛力士こんごうりきし像ぞう(阿形像あぎょうぞう)がつくられる  
1315年
(正和4)
大日堂だいにちどう仁王門におうもんの金剛力士こんごうりきし像ぞう(吽形像うんぎょうぞう)がつくられる  
1333年
(元弘3)
  鎌倉幕府かまくらばくふが滅ほろびる
時代 年 昭島のできごと 日本やほかの地域のできごと
南北朝時代 1337年
(建武4)
広福寺こうふくじに「建武四けんむよん」銘めいの板碑いたびがある
※板碑いたび:亡なくなった人ひとや、自分じぶん自身じしんの死後しごの幸しあわせを願ねがって、名前なまえなどが書かかれた石いしの板いた
 
1338年
(暦応元)
  このころ、足利尊氏あしかがたかうじが室町幕府むろまちばくふを開ひらく
1360年
(延文5)
熊野神社くまのじんじゃ(現在げんざいの中神町なかがみちょう)が建たてられたと伝つたわる  
1363年
(貞治2)
広福寺こうふくじ(現在げんざいの福島町ふくじまちょう)が建たてられたと伝つたわる  
1457年
(長禄元)
  太田おおた道灌どうかんが江戸城えどじょうを建たてる
時代 年 昭島のできごと 日本やほかの地域のできごと
室町時代 1467年
(応仁元)
  応仁おうにんの乱らんがはじまる
1521年
(大永元)
  上杉うえすぎ氏しの家臣かしんである大石定重おおいしさだしげによって、滝山城たきやまじょうが建たてられる
※ただし城しろが建たてられた時期じきは諸説しょせつあり
1532~1554年
(天文年間)
このころ、龍津寺りゅうしんじ(現在げんざいの拝島町はいじまちょう)・稲荷いなり神社じんじゃ(現在げんざいの郷地町ごうちちょう)・福島ふくじま神社じんじゃ(現在げんざいの福島町ふくじまちょう)が建たてられたと伝つたわる  
1560年
(永祿3)
  このころ、北条氏照ほうじょううじてるが滝山城たきやまじょうに入城にゅうじょうする
1569年
(永祿12)
甲斐かいの武田たけだ軍ぐんが滝山城たきやまじょうを攻撃こうげきし、拝島はいじまの森もりに陣取じんどる
この時とき、大神おおがみの東勝寺とうしょうじが焼失しょうしつしたと伝つたわる
 
1571年
(元亀2)
北条氏政ほうじょううじまさの紅林くればやし八兵衛はちべえ宛あての感状かんじょうが残のこっている(紅林くればやし家け文書もんじょ四通よんつう)  
1573年
(元亀4)
  織田信長おだのぶながが室町幕府むろまちばくふを滅ほろぼす
時代 年 昭島のできごと 日本やほかの地域のできごと
安土・桃山時代 1578年
(天正6)
拝島はいじまの拝島大師はいじまだいし(元三がんさん大師だいし)が建たてられたと伝つたわる  
1590年
(天正18)
  豊臣秀吉とよとみひでよしが全国ぜんこくを統一とういつする

江戸時代えどじだい

時代 年 昭島のできごと 日本やほかの地域のできごと
江戸時代 1600年
(慶長5)
  徳川家康とくがわいえやすが関ヶ原せきがはらの戦たたかいで勝利しょうりする
1603年
(慶長8)
  徳川家康とくがわいえやすが征夷大将軍せいいたいしょうぐんとなり、江戸幕府えどばくふを開ひらく
1624年
(寛永元)
福厳寺ふくごんじ(現在げんざいの中神町なかがみちょう)が建たてられたと伝つたわる  
1637年
(寛永14)
  島原しまばらの乱らんがおこる
1653年
(承応2)
玉川上水たまがわじょうすいができる  
1655~1658年
(明暦年間)
このころ、拝島分水はいじまぶんすいができる  
1703年
(元禄15)
  赤穂事件あこうじけんがおこる
1716年
(享保元)
  享保きょうほうの改革かいかくがはじまる
1733年
(享保18)
上川原村じょうがわらむらをはじめ、市域しいき各村かくそんの畑地はたちが大凶作だいきょうさくとなる  
1738年
(元文3)
武蔵野むさしの新田しんでんが大凶作だいきょうさくに見舞みまわれる
※武蔵野むさしの新田しんでん:江戸時代えどじだいに開発かいはつされた新田しんでんを総称そうしょうしていう言葉ことば
 
1755年
(宝暦5)
このころ、多摩たま地方ちほうが大だいききんに見舞みまわれる  
1761年
(宝暦11)
玉川上水たまがわじょうすいの拝島はいじま分水ぶんすいに水車すいしゃが登場とうじょうする  
1770年
(明和7)
多摩たま地方ちほうが大だいかんばつに見舞みまわれる  
1787年
(天明7)
  寛政かんせいの改革かいかくがはじまる
1809年
(文化6)
大田おおた南畝なんぽが幕府ばくふの役人やくにん幕吏ばくりとして玉川たまがわ堤防ていぼうを視察しさつ中ちゅう、拝島村はいじまむら、大神村おおがみむらなどをしばしば訪おとずれ、郷地村ごうちむらにいた文人ぶんじん、不老軒ふろうけんうたた(宮崎みやざき伊八いはち)にも会あう  
1811年
(文化8)
多摩川たまがわが洪水こうずいになり、築地村ついじむら全村ぜんそんが被害ひがいにあう  
1814年
(文化11)
郷地村ごうちむらの不老軒ふろうけんうたたによって『露草双紙 つゆくさそうし』全六巻ぜんろっかん・自序じじょが完成かんせいする  
1823年
(文政6)
多摩川たまがわが洪水こうずいとなり、宮沢村みやざわむらに被害ひがいが出でる  
1837年
(天保8)
  大塩平八郎おおしおへいはちろうの乱らんがおこる
1841年
(天保12)
拝島村はいじまむらの家数やかずは、159軒けんと記録きろくされる 天保てんぽうの改革かいかくがはじまる
1843年
(天保14)
大岡雲峰おおおかうんぽうにより、龍津寺りゅうしんじ本堂ほんどうの天井てんじょう板絵いたえ、および杉戸絵すぎとえがつくられる  
1853年
(嘉永6)
  ペリーが浦賀うらがに来航らいこうする
1854年
(安政元)
  日米和親条約にちべいわしんじょうやくが締結ていけつされる
1858年
(安政5)
  日米修好通商条約にちべいしゅうこつうしょうじょうやくが締結ていけつされる
1859年
(安政6)
多摩川たまがわの大洪水だいこうずいにより、福島村ふくじまむら25戸こ、中神村なかがみむら15戸こ、宮沢村みやざわむら4戸こが被害ひがいを受うける  
1860年
(安政7)
  桜田門外さくらだもんがいの変へんがおこる
1864年
(元治元)
第一次だいいちじ長州ちょうしゅう征伐せいばつがはじまり、昭島あきしまの農民のうみんは助郷役すけごうやくに苦くるしむ
※助郷役すけごうやく:通行つうこうなどが多おおいときに、人ひとや馬うまの提供ていきょうを担当たんとうする役目やくめ
 
1866年
(慶応2)
武州ぶしゅう世直よなおし一揆いっきが拡大かくだいする
昭島あきしま市域しいきにおいても、拝島はいじま・宮沢みやざわ・中神なかがみで打うちこわしが発生はっせいし、その日ひのうちに日野宿ひのじゅくの農兵のうへいたちと築地川原ついじがわらで戦闘せんとうにいたり、鎮圧ちんあつされる
 
拝島村はいじまむら組合くみあい長州ちょうしゅう征伐せいばつ軍費ぐんぴとして375両りょうを出だす  
1867年
(慶応3)
  徳川慶喜とくがわよしのぶにより大政奉還たいせいほうかんが行おこなわれ、江戸幕府えどばくふがおわる

明治時代めいじじだい~昭和時代しょうわじだい

時代 年 昭島のできごと 日本やほかの地域のできごと
明治時代 1868年
(明治元)
市域しいきの一部いちぶが韮山にらやま県けんの一部いちぶになる  
1869年
(明治2)
市域しいきの一部いちぶが品川しながわ県けんの一部いちぶになる 東京とうきょうに都みやこをうつす
1870年
(明治3)
市域しいき各村かくそんは、品川しながわ・韮山にらやま両県りょうけんに統合とうごう整理せいりされる  
玉川上水たまがわじょうすいの通船つうせんがはじまる  
1871年
(明治4)
  廃藩置県はいはんちけんが行おこなわれる
1872年
(明治5)
市域全域しいきぜんいきが神奈川県かながわけんになる  
各村かくそんで戸籍こせき がつくられる  
玉川上水たまがわじょうすいで船ふねの使用しよう が禁止きんしされる  
1873年
(明治6)
執中舎しっちゅうしゃができる(成隣小学校せいりんしょうがっこうのはじまり)  
1874年
(明治7)
拝島村はいじまむらに人力車じんりきしゃが登場とうじょうする  
1875年
(明治8)
拝島はいじま郵便局ゆうびんきょくができる  
1877年
(明治10)
拝島小学校はいじましょうがっこうができる(拝島第一小学校はいじまだいいちしょうがっこうのはじまり) 西南戦争せいなんせんそうがおこる
1878年
(明治11)
多摩郡たまぐんは、東ひがし・西にし・南みなみ・北きたに分割ぶんかつされ、市域しいきは北多摩きたたま郡ぐんとなる  
1884年
(明治17)
市域しいきは十ヶ村連合村じゅっかそんれんごうむらとなる  
1887年
(明治20)
このころ、多摩川たまがわの筏流いかだながしが最盛期さいせいきとなる  
1889年
(明治22)
市域しいきが大神村外八ヶ村組合村おおがみむらほかはちかそんくみあいむらとなる 大日本帝国憲法だいにほんていこくけんぽうが発布はっぷされる
このころ、市域しいきで養蚕ようさんが盛さかんとなる  
1893年
(明治26)
三多摩さんたま域いき、東京とうきょう 府ふに編入へんにゅうされる  
1894年
(明治27)
青梅鉄道おうめてつどう(現在げんざいの青梅線おうめせん)が開業かいぎょうする 日清戦争にっしんせんそうがおこる
拝島駅はいじまえきができる  
1900年
(明治33)
拝島村はいじまむらに赤痢病せきりびょうが流行りゅうこうする  
1902年
(明治35)
拝島村はいじまむらが分離ぶんり、独立村どくりつむらとなる(戸数こすう262・人口じんこう1,885)
(残のこりの市域しいきは中神村外七ヶ村組合村なかがみむらほかななかそんくみあいむらとなる)
 
1904年
(明治37)
市域しいきにおける日露にちろ 戦争せんそう戦死者せんししゃは9名めいを数 かぞえる 日露にちろ戦争せんそうがおきる
1908年
(明治41)
郷地ごうち・中神なかがみ両方りょうほうの村むらが全国ぜんこくでも特とくに優すぐれた養蚕村ようさんむらとなる  
青梅おうめ鉄道てつどうの中神駅なかがみえきが新あたらしくつくられる  
時代 年 昭島のできごと 日本やほかの地域のできごと
大正時代 1914年
(大正3)
  第一次世界大戦だいいちじせかいたいせんがおこる
1916年
(大正5)
京王けいおう電気でんき軌道きどうが市域しいきに電気でんき供給きょうきゅうをはじまる  
1918年
(大正7)
  米騒動こめそうどうがおこる
1921年
(大正10)
青梅おうめ地方ちほうからの木材もくざい運搬うんぱんは多摩川たまがわ筏いかだ利用りようから青梅線おうめせん利用りように代かわる  
1923年
(大正12)
拝島はいじま郵便局ゆうびんきょくに電話でんわが開通かいつうする 関東かんとう大震災だいしんさいがおこる
関東かんとう大震災だいしんさい以来いらい、東京とうきょう復興ふっこうのため多摩川たまがわの砂利じゃりが大量たいりょうに採掘さいくつされる  
1925年
(大正14)
五日市いつかいち鉄道てつどう(拝島はいじま~五日市いつかいち間かん)が開通かいつうする 普通選挙法ふつうせんきょほうが成立せいりつする
時代 年 昭島のできごと 日本やほかの地域のできごと
昭和時代 1930年
(昭和5)
青梅おうめ鉄道てつどうの西立川駅にしたちかわえきが新あたらしくつくられる  
五日市いつかいち鉄道てつどう(拝島はいじま~立川たちかわ間かん)が開通かいつうする  
1931年
(昭和6)
八高線はちこうせん(八王子はちおうじ~東飯能間ひがしはんのうかん)が開通かいつうする(昭和しょうわ9年ねんに全線開通ぜんせんかいつう) 東京飛行場とうきょうひこうじょう(現在げんざいの羽田空港はねだくうこう)ができる
1932年
(昭和7)
  五・一五事件ごいちごじけんがおこる
1936年
(昭和11)
  二・二六事件ににろくじけんがおこる
1937年
(昭和12)
昭和しょうわ飛行機ひこうき工業こうぎょう株式かぶしき会社かいしゃができる 日中戦争にっちゅうせんそうがはじまる
1938年
(昭和13)
青梅鉄道おうめてつどうの昭和前駅しょうわまええきが新あたらしくつくられる  
拝島村はいじまむら天神社てんじんしゃ境内けいだいの大おおけやきが国くにの天然てんねん記念物きねんぶつになる  
1939年
(昭和14)
天然てんねん記念物きねんぶつ拝島村はいじまむら天神社てんじんしゃの大おおけやきが倒壊とうかいする  
1940年
(昭和15)
昭和飛行機しょうわひこうきの堀向ほりむこう住宅じゅうたく150戸こができる 多摩たま飛行場ひこうじょう(のちの横田基地よこたきち)ができる
1941年
(昭和16)
昭和村しょうわむらは昭和町しょうわまちとなる/市域しいき世帯数せたいすう 2,408/人口じんこう 11,844 太平洋戦争たいへいようせんそうがはじまる
1942年
(昭和17)
青梅鉄道おうめてつどうの東中神駅ひがしなかがみえきが新あたらしくつくられる  
1943年
(昭和18)
私立しりつ啓明けいめい学園がくえんが東京とうきょう赤坂あかさかより拝島はいじまへ移うつる  
1944年
(昭和19)
青梅線おうめせん、五日市線いつかいちせんが国有化こくゆうかされる 学童疎開がくどうそかいがはじまる
五日市線いつかいちせん(拝島はいじま~立川たちかわ間かん)が廃止はいしされる  
1945年
(昭和20)
郷地ごうち・福島ふくじま・中神なかがみ・宮沢みやざわ・拝島はいじま地区ちくで空襲くうしゅうがあり、28名めいが亡なくなる 広島ひろしま・長崎ながさきに原子爆弾げんしばくだんが投下とうかされる
八高線はちこうせん多摩川たまがわ鉄橋てっきょうで列車れっしゃ衝突しょうとつ事故じこが発生はっせいし、少すくなくとも105名めいが亡なくなる 太平洋戦争たいへいようせんそうがおわる
立川たちかわ飛行場ひこうじょう、昭和飛行機しょうわひこうきへ米軍べいぐんが進駐しんちゅうする  
全国ぜんこく人口じんこう調査ちょうさが実施じっしされる/市域しいき人口じんこう 18,675/男おとこ9,384・女おんな9,291  
1946年
(昭和21)
  日本国憲法にほんこくけんぽうが公布こうふされる
1947年
(昭和22)
昭和しょうわ町立ちょうりつ昭和しょうわ中学校ちゅうがっこう・拝島はいじま村立そんりつ拝島はいじま中学校ちゅうがっこうができる  
1949年
(昭和24)
昭和しょうわ町営ちょうえい総合そうごう運動場うんどうじょうができる(現在げんざいの昭和しょうわ公園こうえん) 湯川秀樹ゆかわひできが日本人初にほんじんはつのノーベル賞しょうを受賞じゅしょうする
第だい四回よんかい国体こくたい相撲すもう競技きょうぎが昭和しょうわ町営ちょうえい総合そうごう運動場うんどうじょうで開催かいさいされる  
昭和しょうわ町立ちょうりつ昭和しょうわ高等こうとう学校がっこうができる  
昭和しょうわ町立ちょうりつ富士見丘ふじみがおか小学校しょうがっこうができる  
1950年
(昭和25)
立川たちかわバス(立川たちかわ~五日市いつかいち間かん)が開通かいつうする  
1951年
(昭和26)
拝島はいじま村立そんりつ拝島小学校はいじましょうがっこう堀向ほりむこう分校ぶんこうが独立どくりつして、拝島はいじま第二小学校だいにしょうがっこうができる サンフランシスコ平和条約へいわじょうやくが締結ていけつされる
1953年
(昭和28)
  テレビ放送ほうそうが始まる
1954年
(昭和29)
昭和しょうわ町立ちょうりつ東あずま小学校しょうがっこうができる  
昭和町しょうわまちと拝島村はいじまむらが合併がっぺいして、「昭島市あきしまし」になる
世帯数せたいすう8,113 人口じんこう36,482
 
1955年
(昭和30)
拝島はいじま橋ばしが開通かいつうする  
1956年
(昭和31)
拝島はいじま公園内こうえんない「拝島はいじまのフジ」が東京都とうきょうとの天然てんねん記念物きねんぶつになる 国際連合こくさいれんごうに日本にほんが加盟かめいする
1957年
(昭和32)
成隣小学校せいりんしょうがっこう分校ぶんこうが独立どくりつし、市立しりつ光華こうか小学校しょうがっこうとなる  
1958年
(昭和33)
  東京とうきょうタワーが開業かいぎょうする
1959年
(昭和34)
昭和前駅しょうわまええきが昭島駅あきしまえきと名前なまえを変かえる  
1960年
(昭和35)
  カラーテレビ放送ほうそうが開始かいしされる
1961年
(昭和36)
市立しりつ清泉せいせん中学校ちゅうがっこうができる  
「おねいの井戸いど」など6ケ所かしょが市指定ししてい文化財ぶんかざいとなる  
八高線多摩川鉄橋下流はちこうせんたまがわてっきょうかりゅうでクジラの化石かせきが発見はっけんされ、アキシマクジラと命名めいめいされる  
1962年
(昭和37)
昭島あきしま電報でんぽう電話でんわ局きょくが開局かいきょくされる 首都高速道路しゅとこうそくどうろ1号線ごうせんが開通かいつうする
拝島第一小学校松原分校はいじまだいいちしょうがっこうまつばらぶんこうが独立どくりつし、市立しりつ拝島はいじま第三小学校だいさんしょうがっこうができる  
1963年
(昭和38)
昭和公園しょうわこうえんに、昭島市あきしまし小動物しょうどうぶつ公園こうえんができる  
1964年
(昭和39)
拝島町はいじまちょう大日堂内だいにちどうない「大日如来 だいにちにょらい坐像ざぞう」など5点てんが東京都とうきょうと指定してい有形ゆうけい文化財ぶんかざいになる 東京とうきょうオリンピックが開催かいさいされる
1965年
(昭和40)
玉川小学校分校たまがわしょうがっこうぶんこうが独立どくりつし、市立しりつ中神なかがみ小学校しょうがっこうができる  
1966年
(昭和41)
多摩大橋たまおおはしが開通かいつうする  
1967年
(昭和42)
多摩川たまがわ河川敷かせんしきに大神おおがみ公園こうえんができる  
1968年
(昭和43)
西武せいぶ拝島線はいじませんが開通かいつうする  
学校給食共同調理場がっこうきゅうしょくきょうどうりょうりじょうができる  
1970年
(昭和45)
市立しりつ玉川小学校たまがわしょうがっこうができる 大阪万博おおさかばんぱくが開催かいさいされる
1971年
(昭和46)
市立しりつ拝島はいじま第四小学校だいよんしょうがっこうができる  
1972年
(昭和47)
  札幌さっぽろオリンピックが開催かいさいされる
  沖縄おきなわが日本にほんに返還へんかんされる
1973年
(昭和48)
市民しみん図書館としょかんが開館かいかんする  
市民しみんプールができる  
第一回だいいっかい市民しみん納涼のうりょうの集つどいが行おこなわれる(現在げんざいの「市民しみんくじら祭まつり」)  
1974年
(昭和49)
市立しりつ武蔵野むさしの小学校しょうがっこうができる  
市制しせい施行しこう20周年しゅうねん記念きねん式典しきてんが行おこなわれ、市民しみん憲章けんしょう、市しの木きがもくせいに、市しの花はながつつじに決きまる  
1975年
(昭和50)
拝島はいじま日吉神社ひよしじんじゃの榊祭さかきまつりが東京都とうきょうと無形むけい民俗みんぞく文化財ぶんかざいになる  
1976年
(昭和51)
市立しりつ共成きょうせい小学校しょうがっこうができる  
1977年
(昭和52)
立川たちかわ基地きちがすべて日本にほんに返かえされる  
1978年
(昭和53)
市立しりつ多摩辺たまべ中学校ちゅうがっこうができる 成田国際空港なりたこくさいくうこうができる
都立とりつ拝島はいじま高校こうこうができる  
1979年
(昭和54)
市立しりつ田中たなか小学校しょうがっこうができる  
1980年
(昭和55)
市立しりつ福島ふくじま中学校ちゅうがっこうができる  
市立しりつ拝島はいじま自然しぜん公園こうえんができる  
1981年
(昭和56)
つつじが丘おかハイツ・西武せいぶ拝島はいじまハイツへの入居にゅうきょがはじまる  
市立しりつつつじが丘南おかみなみ小学校しょうがっこう、市立しりつ瑞雲ずいうん中学校ちゅうがっこうができる  
市立しりつくじら運動うんどう公園こうえんができる  
1982年
(昭和57)
「青少年せいしょうねんとともに歩あゆむ都市とし」を宣言せんげん  
市立しりつつつじが丘北おかきた小学校しょうがっこうができる  
昭島あきしま市民しみん会館かいかん・公民館こうみんかんができる  
「昭島市あきしまし非核ひかく平和へいわ都市とし宣言せんげん」が議決ぎけつされる  
1983年
(昭和58)
国営昭和記念公園こくえいしょうわきねんこうえんが開園かいえんする  
1984年
(昭和59)
昭島駅あきしまえき北口きたぐちに大型おおがた商業しょうぎょう施設しせつができる  
1987年
(昭和62)
市しの人口じんこうが10万人まんにんを超こえる 国鉄民営化こくてつみんえいかでJRが誕生たんじょうする

平成時代へいせいじだい~令和時代れいわじだい

時代 年 昭島のできごと 日本やほかの地域のできごと
平成時代 1992年
(平成4)
  学校がっこうの週しゅう五日制いつかせいがはじまり、土曜日どようびと日曜日にちようびが休やすみになる
1994年
(平成6)
資源しげんごみの分別ぶんべつ収集しゅうしゅうがはじまる  
青梅線おうめせん(拝島駅はいじまえき)が開業かいぎょうして100年ねんになる  
1995年
(平成7)
岩手県いわてけん岩泉町いわいずみちょうとの国内交流事業こくないこうりゅうじぎょうが始はじまる 阪神・淡路大震災はんしんあわじだいしんさいがおこる
1997年
(平成9)
昭島市あきしまし市庁舎しちょうしゃが田中町たなかちょう1丁目ちょうめに移うつる  
1998年
(平成10)
  長野ながのオリンピックが開催かいさいされる
2001年
(平成13)
Aバスの運行うんこうが始はじまる  
2002年
(平成14)
  日本にほんと韓国かんこくでFIFAワールドカップが開催かいさいされる
2005年
(平成17)
  愛・地球博あいちきゅうはくが愛知県あいちけんで開催かいさいされる
2011年
(平成23)
  東日本大震災ひがしにほんだいしんさいがおこる
2012年
(平成24)
  東京とうきょうスカイツリーが開業かいぎょうする
2015年
(平成27)
拝島第四小学校はいじまだいよんしょうがっこうが拝島第一小学校はいじまだいいちしょうがっこうに統合とうごうされる  
2016年
(平成28)
つつじが丘南小学校おかみなみしょうがっこうとつつじが丘北小学校おかきたしょうがっこうが統合とうごうし、市立しりつつつじが丘小学校おかしょうがっこうができる  
2018年
(平成30)
アキシマクジラに関かんする論文ろんぶんが発表はっぴょうされ、新種認定しんしゅにんていされる  
令和時代 2020年
(令和2)
アキシマエンシス(教育福祉総合きょういくふくしそうごうセンター)が開館かいかんする 新型しんがたコロナウイルス(COVID-19)が流行りゅうこうする
2021年
(令和3)
  東京とうきょう2020オリンピック・パラリンピックが開催かいさいされる