町村合併と弘前市制施行

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青森県は、明治二十二年二月二十日県令第一四号をもって各町村の分合改称を行い、旧村名は大字とし、四月一日から実施した。また、四月一日から弘前に市制が布(し)かれた。弘前市の町名八九は第三大区小区と同一である。中津軽郡一六村のうち、現在弘前市になっている旧村と南津軽郡石川村を構成した村(大字)を挙げる。村名下の( )内は役場の位置である。
清水村(大字富田)-富田村 紙漉町 坂本村 常盤坂村 悪戸村 下湯口村 小沢村
和徳村(大字堅田)-堅田村 和徳村 高崎村 撫牛子村 大久保村 津賀野村 百田村 向外瀬村 清野袋村
豊田村(大字新里)-新里村 境関村 福田村 福村 外崎村 高田村 小比内村
堀越村(大字門外)-門外村 堀越村 大清水村 取上村
千年村(大字小栗山)-小栗山村 松木平村 清水森村 大和沢村 一野渡村 原ヶ平村
東目屋村(大字国吉)-国吉村 庭村 米ヶ袋村 中野村 中畑村
藤代村(大字船水)-船水村 藤代村 土堂村 石渡村 鳥町村 萢中村 町田村 中崎村 三世寺村 大川村
新和村(大字種市)-種市村 青女子村 小友村 三和村 笹舘村
船沢村(大字富栄)-富栄村 細越村 折笠村 宮舘村 中別所村 蒔苗村
高杉村(大字独狐)-独狐村 前坂村 薬師堂村 高杉村 糠坪村
裾野村(大字大森)-大森村 貝沢村 鬼沢村 楢木村 十面沢村 十腰内村
石川村(大字八幡舘)-乳井村 八幡舘村 鯖石村 小金崎村 薬師堂村 石川村 大沢村 森山村

 町村合併で重要な問題に新町村の名称がある。明治二十一年六月十三日の「町村制施行ニ関スル内務大臣訓令」で、旧町村の名称は大字として残し、合併新町村には新しい名をつけることと新しい名をつける原則が述べられている。中津軽郡の村名は次のようにして決まった。
清水村富田の清水(しつこ)や笹清水など、清水がたくさん湧出に由来。
千年村-歴史上の名勝地千年山(ちとせやま)の存在に由来。
堀越村-大村堀越村と古城堀越城、旧藩堀越組頭村に由来。
和徳村-大村和徳村と古城和徳城、旧藩和徳組頭村に由来。
石川村-大村石川村と歴史上有名な石川城の所在地である。
裾野村-岩木山麓の村である。
船沢村-廣館の溝渠に通称船澤という旧跡あり。
東目屋村-目屋は古名であり、西目屋村の東なので東目屋村。
高杉村-大村高杉村と旧藩時代高杉組の頭村に由来。
藤代村-大村藤代村と旧藩時代藤代組の頭村に由来。
豊田村-好字佳名、豊穣な水田地帯のさらなる発展を願う。
新和(にいな)村-町村制施行令により新しく成立した村なので皆で和していこう。

 町村長は、原則として名誉職(無給)で、町村会で選挙し府県知事の認可を受ける。市長は、市会で推薦する三人の候補者中より内務大臣が上奏裁可を請う。市町村の構成員は住民と公民とを別し、公民は、地租もしくは直接国税年額二円以上をその市町村に納める者で、市町村の選挙に参加し、名誉職に任ぜられる権利と担任の義務がある。選挙人を納税額によって市では三級、町村では二級に分け、議員数も三分の一ずつや半分ずつに配分した。
 弘前市は人口三万二〇〇〇人に満たなかったが、政府の都市標準の第三項にある「三万五千以内ト雖モ商業繁栄将来ニ望ミアルモノハ特ニ市制ヲ行フコトヲ許ス」に当たるとして、内務大臣松方正義が市制施行地に指定し、青森県知事鍋島幹は県令第一五五号をもって「明治二十二年四月一日ヨリ中津軽郡弘前町へ市制ヲ施行ス」と告示した。